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アナリストコラム

15年ぶりの円高下、痛感する内需振興の重要さ -高田 悟-

2010年08月27日

米国雇用統計悪化を機に円高が加速、今月に入り1米ドル85円を割り込んだ。円高は足下一服しているが抑止に向け明確なメッセージがない中、消去法で円が選好され95年につけた過去最高値を見に行く可能性は否定できない。2年程前より1米ドル100円を割り込み進む円高が自動車業界の業績を圧迫している。09年度の国内大手完成車メーカー7社の営業利益は前年度の赤字を脱却し合計9,530億円となった。ただし、前年度からの増益の内訳に着目すると、円高による減益影響が8,456億円に上りこれをコスト削減などの経営努力で吸収した様子が見てとれる。

円高加速の今期業界業績への影響が懸念される。しかし、より深刻なのは今般の円高が国内自動車生産縮小に繋がり国内産業の空洞化が急速に進む恐れがあることである。15年前とは異なり、先進国自動車市場が飽和状態となり新興国市場の比重が増す中で円高が加速しているからだ。15年前は先進国自動車市場がまだ拡大傾向にあった。特に米国の購買力が自動車市場成長を牽引した。この恩恵を最も受けたのは我が国自動車産業とも言える。強いドル政策による円安への反転に加え、利幅の厚い大型・高級車需要もバッファとなり先進市場向け輸出が伸びた。90年代半ば以降は徐々に国内新車販売が縮小に向かったことを踏まえると最近までの年間1,000万台強の国内自動車生産は外需が支えてきたと言える。

ところが先進市場のバブルが弾けリーマンショック翌年の09年の国内自動車生産は793万台へ落ち込む。公的支援による内需嵩上げで今年は900万台強へ回復の見込みだがこの水準の維持は難しく国内生産は中期的には輸出減少に伴い内需のレベルに向け縮小して行くと見ている。先進市場向け生産は市場伸び悩みの中、これまで築いた現地生産基盤の活用が優先される、また、新興国台頭と原油高により新興国に止まらず世界的に普及比重が高まると見られる小型低価格車は利幅が薄く為替リスクを負ってまで国内で生産する意義は低い、などが輸出減少を見込む主な理由だ。更には日産自動車が主力小型車「マーチ」の国内向け国内生産を最適生産・供給の観点からタイからの輸入に変えたが円先高観が強まる中でこうした行動が合理的となり国内生産縮小に拍車をかける可能性もある。

自動車産業はその発展が機械、金属、石油化学といった産業に生産波及効果を持つため「主導性」を持つという。これがGM救済のポイントにもなった。取引先の生産・供給行動の変化に柔軟に対応できる大企業ばかりでない中、自動車生産減が国内産業の空洞化を招くことは明白であり、足下の株価低迷はこうした流れへの警鐘ともとれる。完成車メーカーからは新興国生産体制や小型車開発強化に注力する一方国内は開発機能や環境対応車など付加価値の高い車の生産に比重を置くなどの戦略が示される。とはいえ、高い税率、硬直的な労働市場、新興国部品メーカーや素材産業の成長、などを踏まえるとこのスタンスが維持されるとは限らない。こうした中まだ年間500万台弱の販売が見込め最後の砦でもある内需減少に歯止めをかけること、そしてそのために例えば社会変化に応じた保有制度や車づくりの見直しなどにより官民を揚げ車保有の魅力を高めることが益々重要になっているとも言えよう。 

(8月23日付 日刊自動車新聞掲載)
                       

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