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アナリストコラム

欧州危機の不動産業界への影響は限定的か? -堀部 吉胤-

2010年06月11日

足元の不動産業界の業況は、総じて上向いている。大手総合不動産会社の主力事業であるオフィス賃貸は、空室率が都心のS、Aクラスビルでは既に底を打ち、全体でもほぼピークを迎えつつある。賃料の底打ちは空室率のピークアウトから1年近く遅れるとみられるが、シクリカルな動きの中では大底を脱しつつある。マンション販売は、昨年の年初から明るさを取り戻し、足元は活況といっても過言ではない状況。価格調整の進展によるアフォーダビリティの回復に加え、住宅ローン減税の拡充、贈与税の非課税枠の拡大、フラット35Sといった政策支援、リーマンショック後の企業の急激なリストラが一服したことによる消費者心理の改善、マンション価格の先安感の後退などが販売好調の要因として挙げられよう。回復当初は郊外の3,000?4,000万円台の低額物件が人気だったが、足元は6,000?7,000万台位までの販売は好調。新築マンションの供給減や値頃感から中古マンションの取引も活発でフィービジネスの仲介事業も回復している。不動産投資市場では、昨春からの金融機関の不動産融資姿勢の緩和に加え、昨年10月にREITの公募増資が1年3カ月ぶりに再開したほか、1月には投資法人債の起債が1年8カ月ぶりに再開するなど不動産金融における資金調達環境がデット、エクイティとも改善。不動産の最終的な買い手であるREITの物件取得余力の回復などにより、フリーズ状態だった不動産取引は昨年後半から徐々に動き出してきており、開発利益を上げやすい環境にもなりつつある。

しかし、不動産株は欧州危機を受け、4月末から大幅に下落。不動産各社は欧州危機に対しては対岸の火事で大きな影響はないだろうと楽観視しているように思われる。米サブプライムローン問題が深刻化し始めた頃も不動産業界は楽観視していたので、喉もと過ぎれば熱さ忘れるという感がしないではない。金融不安が再燃すると、上昇に歯止めがかかったキャップレートが再度上昇するだろうし、金融機関の不動産融資姿勢は再度硬化しよう。確かに足元は、資金調達環境が特に悪化しているということはない(社債のスプレッドは拡大しているが)。日本企業の業績が悪化する兆候もみられず、オフィス需要に特段変化はない。欧州小国(PIIGS)の国債がデフォルトする可能性はゼロではないだろうが、5月上旬のEUとIMFによる最大7,500億ユーロの緊急支援スキームの創設によりユーロ圏の金融システム危機は回避できると考えられる。日本経済の欧州への依存度は高くないため、対ドルで円高が進行さえしなければ、不動産のファンダメンタルズへの影響は限定的だろう。逆に、欧州危機が燻り続ければ、世界的な金融緩和政策は続くと考えられ、不動産価格にはプラスという側面があろう。楽観は禁物だが、悲観することはないというのが結論である。

バリュエーション面からも不動産大手株の一段の大幅な下落は考えにくいだろう。10/3期決算から賃貸等不動産の時価が注記開示され、含み益は三菱地所の2兆円強を筆頭に、三井不動産7,500億円強、住友不動産5,500億円強、東急不動産500億円強であった。SPC保有資産は時価開示の対象になっておらず(住友不動産のみ自主開示し、含み益は4,500億円弱)。他社のSPC保有資産の含み益を試算し、NAVを計算すると大手総合不動産会社の株価/NAV倍率は0.6?0.7倍台にとどまっている。キャップレートの上昇リスクは相応に株価に織り込み済みといえるだろう。

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