メニュー
アナリストコラム

経常収支の大幅黒字は円高要因か?-客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授-

2016年05月16日

(要旨)
・経常収支黒字が拡大したが、円高要因としての重要性は限定的
・仮需も、それほど大きくなさそうだが、米国大統領選挙には要注目

(おまけの要旨)
・利子・配当収入は再投資されやすい

(本文)
・経常収支黒字が拡大したが、円高要因としての重要性は限定的
2015年度の経常収支が発表され、巨額の黒字(前年度比倍増の18兆円)となった。これは、円高要因なのだろうか?結論としては、円高要因ではあるが、あまり重要ではない、と思われる。
まずは、過去の円高の要因であったか否かを考えてみよう。「輸出企業が持ち帰ったドルを銀行に売ったはずだから、円高方向の力として働いたはずだ」ということは言える。
もっとも、貿易収支はほぼ均衡していて、日本の経常収支黒字の中心は、外国からの利子・配当受取である。この部分は再投資される場合も多いので(おまけ参照)、輸出のように確実にドル売り注文になるという事ではなさそうだ。
次に、今後の円高を予想させるか、という事を考えてみよう。これは、実需(貿易会社等々の注文)の予想と仮需(思惑による注文)の予想に分けて考える必要がある。
実需に関して言えば、「経常収支黒字が拡大しているなら、今年度の黒字も巨額だろう。ならば、ドル売り注文が増えそうだ」という推論は合理的であるから、今年度もドル売り要因となり続けるかも知れない。もっとも、上記のように、今年度も黒字の中心が利子・配当の受取だとすると、影響は限定的かもしれないが。

・仮需も、それほど大きくなさそうだが、米国大統領選挙には要注目
仮需に関していえば、「実需のドル売りが増えそうだから、先回りして売っておこう」という売りが考えられる。もっとも、上記のように実需が限定的なら、仮需も限定的であろう。
今ひとつ、「経常収支黒字が大きいと、米国が不満を持つから、円高圧力をかけるだろう(少なくとも円安誘導を認めないだろう)。ならばドルを売っておこう」といったものが考えられる。
かつて日米貿易摩擦が激しかった頃などは、日本の経常収支黒字の大きさを目の敵にした米国要人から繰り返し円高誘導発言が飛び出したこともあり、経常収支黒字と聞くと米国要人の円高圧力を連想する市場参加者も多いはずである。
しかしこれも、プラザ合意の記憶が鮮明だった頃には重要な要因であったが、最近では日米貿易摩擦がすっかり沈静化しているため、今ではあまり重要な要因ではなさそうだ。もっとも、米国大統領選挙でトランプ氏が当選しそうだ、ということになると、ふたたび注目度が増してくるかもしれないので、一応は要注意である。

(おまけ)
・利子・配当収入は再投資されやすい
サラリーマンが証券会社に口座を開いて株式投資をする場合、生活費の出し入れをしている銀行口座と株式投資用の証券会社口座の間には、見えない壁がある事が多いと思われる。「毎月2万円ずつ証券会社に移して投資に用いる」といった自分なりのルールを定めて、そのルール通りに資金を移動する場合が多いであろう。その際のルールとして、「株式投資残高を一定に保ち、株の売買益や配当収入があった場合には銀行に移して贅沢に使う」というルールを定めているケースは少ないであろう。つまり、証券会社で出た利益や配当は、証券会社で再投資される場合が多いはずである。もちろん、子供の学費などで証券会社から資金を引き出すことはあると思うが、それは「利子・配当収入があったから」ではなく「必要だから」であろう。
企業の場合も、本業部門と資金運用部門の間には壁があり、資金運用部門で得た損益は原則として資金運用部門で再投資されるはずである。もちろん、本業が赤字で、その穴埋めのために投資有価証券を売却することはあり得るが、それは「利子・配当収入があったから」ではなく必要だから、であろう。
資金運用部門内で、外貨から円貨に資産ウエイトが変更される場合もあり得るが、それも「外貨の利子・配当収入があったから」というより、「為替見通しが円高に変更されたから」という場合が多いであろう。
そうだとすると、外貨での利子・配当収入は、本業に特段の問題がない限り、為替の見通しが変更されない限り、外貨で再投資される部分が多そうだ、と考えてよさそうだ。
少なくとも、輸出代金がほぼ必ず円転されるのと比べれば、圧倒的に円転されない可能性が高いと言って良いであろう。
以上は民間企業についてであるが、ちなみに、日本最大の外貨保有者である日本政府(外国為替特別会計による外貨準備)は、受け取った利子を全額再投資しているはずである。そうでなければ、ドル売り注文が発生し、「ドル売り介入」になってしまうからである。

アナリストコラム一覧 TOPへ戻る