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アナリストコラム

低調だった経済成長率 -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授-

2016年05月27日

(要旨)
・2015年度の経済成長率は0.8%と、低調であった。
・今年度については、省力化投資と輸出入数量の変化に期待したい。

(おまけの要旨)
・GDP統計が実態とズレている可能性がある。
・統計に完璧を求めるのは酷である。幅を持って解釈すべきである。

(専門的なコメント)
・GDP統計作成上重要な役割を果たす家計調査が過小推計している可能性あり。
・原油安でGDPデフレーターが上昇するのは変

(本文)
・2015年度の経済成長率は0.8%と、低調であった。
2015年度の実質経済成長率が発表された。結果は0.8%と低調であった。前年度のGDPが消費税増税による駆け込みの反動で実力以下であったこと、2015年度が閏年であったこと、などを考えると、実質的にはゼロ成長であったと言って良いだろう。この結果自体は、既に発表されていた4月から12月までのGDP統計からも予想出来たことであり、これまで発表された様々な経済指標と大きな違和感は無い数字であったと言えよう。
需要項目別に見ると、個人消費はマイナス0.4%と低い伸びに止まった。特に、持家の帰属家賃を除くベースでマイナス0.7%となったのは 、前年度の数値が消費税に伴う駆け込み需要の反動減で実力以下になっていた事を考えると、かなり不振であったという評価になろう。実質雇用者報酬がプラス1.7%と増加している事を考えると、なおさらである。
住宅投資は2.4%、公共投資はマイナス2.2%と、いずれも不振であった。住宅投資は前年度がマイナス11.7%であったため、2015年度が小幅のプラスにとどまったことは不振と評価すべきである。建設業が労働力不足で人件費が高騰している事などを考えれば、自然な事であろう。
設備投資は、プラス1.6%となった。企業収益が好調な事を考えれば、今少し増加しても不思議ではなかったが、設備稼働率が一向に高まらない事などを考えれば、妥当な水準であったとも言えよう。
問題は輸出入である。3年間にわたる大幅な円安にもかかわらず、3年前と比べて輸出は増えず、輸入は減らず、円安が経済成長に貢献していないのである。主因は日本企業が円高時に計画した工場の海外移転が実行され、海外での生産が開始された事にあると思われるが、「日本企業が輸出価格を下げないから輸出数量が増えない」という事も一因であろう。それでも不思議なのは、円建て輸出分もあるし、外国の商社が日本に買い付けに来る事も可能であろう。また、輸入数量に関しても、消費者が割高になった外国製品を買うのをやめて国産品を買うようになれば、輸入数量は減るはずなのであるが、一向に減る気配が見られないのである。よほど日本の貿易構造が「労働集約型製品は輸入、技術集約型製品は輸出」という仕切りになっていて、国産品と輸入品の競合が生じる分野が限られているのかも知れないが。

・今年度については、省力化投資と輸出入数量の変化に期待したい。
今年度についても、個人消費に期待するのは難しそうだ。雇用者所得が昨年度よりも大幅に伸びるとは考えにくいし、株価が軟調だと資産効果も期待出来ない。消費者マインドが昨年度より明るくなると考える特段の理由も見当たらない。
住宅投資や公共投資についても、建設労働者の不足などが続いているため、昨年度から大幅に事態が改善するとは考えにくいであろう。
設備投資も、設備稼働率が高まらない以上、能力増強投資には期待出来ないが、そろそろ労働力不足の本格化を映じて企業が省力化投資を本格化させると期待される所である。特に、今次局面に於いては、短期的な景気拡大を映じた労働力不足に加え、少子高齢化に伴う長期的、構造的な労働力不足が予測されているので、仮に景気が後退したとしても省力化投資が無駄にはならない、という安心感が企業経営者の背中を押してくれると期待される。
輸出入数量についても、さすがにそろそろ円安の影響が出て来ると期待される。3年間表われなかったものが4年目に表われると考える特段の根拠は無いが、少なくとも円高期に計画された工場の海外移転が終了することの効果は表われると期待したい。

(おまけ)
・GDP統計が実態とズレている可能性がある。
GDP統計は、数多くの統計を用いて日本経済全体の姿を想像するものである。したがって、用いる統計が不正確であったり、各種統計がカバーしていない範囲に大きな動きがあったり、各種統計を統合する作業に問題があったりすると、正しい全体像が得られないことになる。以下、筆者の問題意識を御披露したい。具体的には、2015年度の実際の経済成長率は発表されているよりも高かったのではないか、という問題意識である。
まず、経済構造の変化を捉える事は難しい。たとえば生産統計は、作り手からの調査票回答を基に作成されるが、調査票用紙の送付先リストが毎日更新されているわけではないから、新しい作り手が登場しても、その作り手の生産分は当分の間はGDPに計上されない事になるのである。話題の「民泊」なども、統計作成官庁がどのように把握するのか、困難な問題は多そうである。要するに、企業の盛衰のうち、衰える部分はGDP統計に把握される一方で、新しく発展しはじめた部分が把握されにくい、というバイアスがかかりかねないのである。
物価統計に関しても、「品質調整」の問題がある。工業製品は不断の品質向上努力により、日夜品質が向上している。これが同じ値段で売られているとすれば、実質的な値下げである。物価統計の作成マニュアルには、企業に品質向上度合いを問い合わせて調整すると定めてあるが、実際にはすべての品質向上を反映させる事は不可能であろう。
サービス業の場合、品質向上度合いを問い合わせることすら困難である。「従来は平均2日後に届いていた宅配便が平均1.5日後に届くようになった」として、それを「宅配便の消費者物価指数が10%低下したことにする」と換算する事は困難であろう。たとえば筆者は頻繁にアマゾンで書籍を購入するが、注文から商品到着までの時間が従来よりも明らかに短くなっている。しかし、消費者物価統計上は「昨年千円であった本が今年も千円なので、物価は不変」という処理がなされている。また、最近首都圏では私鉄と地下鉄の相互乗り入れが増加し、移動時間が短縮されているが、これが「従来よりも便利な移動手段が従来と同じ値段で提供されているのだから、実質的な運賃の引き下げだ」とは認識されない。
実際には従来よりも多くのサービスが従来と同じ値段で提供されているのであるから、実質GDPは増えているのだが、統計上は増えていないという事になってしまうのである。

・統計に完璧を求めるのは酷である。幅を持って解釈すべきである。
以上記して来たように、統計には様々な問題があるが、そもそも統計作成の作業は極めて膨大で困難な物であり、完璧を求めるのは酷であろう。
作成担当者の努力には本当に頭が下がる。もちろん、完璧を目指して長期的な改善努力は続けていただきたいが、当分の間は、統計を使う側が、統計に問題がある事を認識した上で、幅を持って解釈することが必要なのである。

(専門的なコメント)
・GDP統計作成上重要な役割を果たす各種統計には問題が多い
GDP統計を作成するに際し、輸出入等々については、様々な統計が利用可能であるが、政府部門に関しては、利用可能な統計がそもそも非常に限られている。設備投資に関しても、頼みの綱である法人企業統計季報が一次速報に間に合わず、二次速報には間に合うものの、調査対象サンプルの入れ替えにより大きな影響を受けていると言われている。
GDPの過半を占める消費に関しても、使える統計が少なく、統計作成に苦労する分野の一つである。その消費に関して、極めて重要な材料となっているのが「家計調査」である。
家計調査とは、約9000の世帯に家計簿をつけてもらい、それを集計した統計である。品目ごとに細かい支出額がわかるので、大変便利なのだが、サンプル数が少ないという問題、サンプル調査なので統計が振れるという問題がある。「月次の統計で一喜一憂するな」という事は当然であるが、年単位の統計でもサンプルの入れ替えに伴う問題が生じかねない 。
たとえば、2015年の家計調査で勤労者世帯の世帯主収入を見ると、前年比でマイナス0.4%となっている。一方、毎月勤労統計で一般労働者の賃金指数を見ると、2015年は前年比がプラス0.4%になっている。これは、前年に比べて所得の低い人々がサンプルとして選ばれているという事を示唆している。そうだとすると、前年より消費が減ったように統計上は見えているが、実は世の中の消費は減っていない、という事かもしれない。
そもそも家計調査は回答者に偏りがあるとの指摘は多い。家計簿を詳細に記録するのは面倒なので、共働き世帯は調査を拒否するため、専業主婦や高齢者に調査対象が偏るというのである。たしかに勤労者世帯の妻の収入が月平均6万円強であるから、共働き世帯のウエイトは小さいのであろう。そのこと自体は、問題ではあるが、去年も今年も同様であれば、深刻な問題とまでは言えないであろう。しかし、景気が回復し、仕事に就く専業主婦が増えてくると、問題が生じることになる。専業主婦の多くが仕事に就けば、「妻の収入の平均」は増えるはずであるが、回答者が専業主婦だけであれば回答は増えず、世の中の動きを統計が捉える事が出来ないことになってしまうのである。2015年の場合には、妻の収入が7%ほど増えているので、ある程度はこうした動きも把握出来ているとは思われるが、充分であるか否かは不明である。
こうした事を考えると、家計調査のデータを用いて作られているGDP統計も、実際には消費がそれほど減っていないにもかかわらずマイナスが大きくなっている可能性が高いと考えるべきであろう。

・原油安でGDPデフレーターが上昇するのは変
専門的な話になるが、GDPデフレーターという数値がある。名目GDPを実質GDPで割った値のことである。「名目経済成長率(名目GDPの増加率)から物価上昇率を引いた値が実質経済成長率(実質GDPの増加率)である」と言われるが、実際の計算は、名目GDPと実質GDPを先に求めて割り算をすることでGDPデフレーターを求めているのである。
前回の当欄で詳述したように、GDPデフレーターは景気の体温計と呼ばれており、理屈上は原油価格の上下に影響されないはずである。しかし、実際には2015年度のGDPデフレーターは原油安の影響で上昇したと言われている。輸入デフレーターが下落した事が全体のデフレーターを押し上げる一方で、内需デフレーターが落ち着いていたからである。これは理屈にあわない動きであり、確報段階で修正される可能性もあるであろう。

昨年度の成長率とは直接関係ないものの、GDPの不思議の例を今ひとつ挙げると、消費税率が引き上げられた後、2014年7?9月期の住宅投資は、半年前より17%も少ない。これが本当であるとすれば、1?3月期に建設労働者がフル稼働していたとしても、7?9月期には建設労働者の17%が失業していたことになる。しかし、当時のニュースでは建設労働者の人手不足が深刻であると言われていたので、これは統計上の問題が疑われる。住宅の契約が駆け込みで著増した事から、GDP上の住宅投資も著増したと推計されてしまったのであろう。このように、GDP統計には様々な不思議な数字が散見されるのである。

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