メニュー
アナリストコラム

輸出入数量の統計も二つある -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授-

2016年06月10日

(要旨)
・通関統計の数量指数が有名だが日銀統計も便利
・輸出数量は世界の景気と為替レートの影響を受ける
・輸入数量は日本の景気と為替レートの影響を受ける
・実質輸出入はいずれもアベノミクスで数%増加

(おまけの要旨)
・輸出入数量指数は、稀に異常値あり


(本文)
前回、貿易収支の統計には二つあることを記したが、じつは、輸出入数量の統計も二つあるのである。

・通関統計の数量指数が有名だが日銀統計も便利
貿易収支と言えば、輸出入の金額の差であるから、金額の統計であるが、輸出入の数量の統計も存在している。しかも、二通りの統計が存在するのである。
一つは、通関統計に記されているもので、相手地域別にも発表されている。「対米輸出数量指数」等である。今ひとつは、日本銀行が発表している「実質輸出入」である。これは、輸出金額を輸出物価指数で、輸入金額を輸入物価指数で割ったものであり、金額の変化から価格変化の影響を取り除いて数量の変化を見ようというものである。実質経済成長率が名目経済成長率から物価上昇率を差し引いて、数量ベースでの経済成長率を見ようとしているのと同じことである。
通関統計の数量指数と日銀統計は、統計作成方法が異なるので、動き方が若干異なる。その主因は、通関統計では考慮されていない品質向上を日銀が考慮しているからである。同じ鉄1トンでも、価格が2倍の高品質の鉄が輸出されたとすると、通関統計では数量は不変だが、日銀統計では2倍に増えるのである。通常はそれほど気にならないが、たとえばプラザ合意後の円高期に日本企業が「途上国で作れる物は途上国で作り、日本でしか作れないものだけを輸出する」ようになった際には、実質輸出は増加し、数量指数は減少する、といった事が起こり得るわけである。
今ひとつ、日銀統計は季節調整されているので、前月と比べて輸出入数量が増えたか否かが一目瞭然であり、便利である。通関統計の輸出入数量指数は季節調整がなされていないので、前年同月との比較は出来るが、前月と比べる事が困難なので、不便である(もっとも、月例経済報告の主要経済指標には内閣府が季節調整したグラフが載っている)。
通関統計の方が早く発表され、相手地域別の数字も発表されるので、通関統計を見ている人の方が多いようであるが、日銀統計も便利なので、両方見るようにしたいものである。

・輸出数量は世界の景気と為替レートの影響を受ける
輸出数量は、海外の景気が良ければ増え、悪ければ減る。また、円安になれば増え、円高になれば減る。長期的には日本製品の品質向上なども影響する。
輸出数量が増えれば、国内の輸出企業が生産を増やし、雇用を増やし、国内景気が回復すると期待できる。
こうしたことから、アベノミクス以降の円安で輸出数量が増えると期待されていたが、現在までのところ、全く増えていない。その主因はアベノミクス前の円高期に工場の海外移転が決まり、それが円安後に実行に移されたためであろう。今後については、円高期に計画された工場移転はすでに完成しているため、輸出数量が増加をはじめると期待されるが、今後についても企業の円高恐怖症が残っている間は、国内生産を増やして輸出しようとは考えない可能性もある。
円高期に、輸出数量を守ろう(雇用を守るため、輸出量を死守して生産量を守ろう)と考えて、ドル建て輸出価格を引き上げなかった企業もあり、そうした企業は円安になってもドル建て輸出企業を引き上げないので、輸出数量が増えない、というケースもあるようだ。
輸出数量が増えれば国内生産が増えて国内の景気が良くなる要因となるので、今後の展開は要注目である。

・輸入数量は日本の景気と為替レートの影響を受ける
国内の景気が良いと、輸入数量は増え、景気が悪いと減る。円安になれば国内の需要が輸入品から国産品にシフトするので、輸入数量は減るはずである。もっとも、アベノミクス以降の円安期には輸入数量が全く減っていない。景気が回復したこともあろうが、それほど力強い回復ではないので、それだけでは説明出来ない。
もしかすると、日本企業の生産品目が明確に決まっているのかもしれない。たとえば安い服は輸入、高い服は国産というように。そうであれば、円安になっても国産の安い服は存在しないから、輸入が減らない、ということなのかもしれない。
輸入数量と景気の関係は、様々である。国内の景気により輸入数量が増減するのは結果であるから、輸入の増加を喜ぶべきである。しかし、円高により輸入数量が増加すると、これは国内景気を圧迫するので、悲しむべきである。輸入数量の増減を評価する場合には、いずれであるか、見極めることが重要である。

・実質輸出入はいずれもアベノミクスで数%増加
上に、アベノミクス以降の円安によっても輸出入数量指数はほとんど横ばいである、と記した。一方で、アベノミクス以降の実質輸出入を見ると、いずれも数%ずつ増加しているのである。
これは、輸出も輸入も、アベノミクス期に「従来より高付加価値のものにシフトしている」ことを意味している。おそらくは、「そこそこ高付加価値な品」を生産していた国内の工場が海外移転したため、輸出については「真の高付加価値品」だけが残った一方、輸入については「そこそこ高付加価値なものも輸入されるようになった」のであろう。
輸出入数量指数と実質輸出入を見比べることで、このように様々な事が見えてくる場合もある。時々、試みてみたいものである。

(統計で確認)
輸出入数量指数: http://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei/2016/05shihyou/keizai-shihyou.html  (6.輸出・輸入・国際収支)
実質輸出入: http://www.stat-search.boj.or.jp/ssi/mtshtml/m.html (右から2番目、3番目)

(おまけ)
・輸出入数量指数は、稀に異常値あり
余談であるが、輸出入数量指数は、計算方法が若干複雑で、輸出入の届け出をした企業が単位を間違えると(10000キログラム輸出した企業が、「何トン輸出したか?」と問われた時に誤って「10000」と申告すると)、結果に大きな影響が出るため、希であるが異常な結果が出る場合がある。計算方法の違いにより、日銀統計の方が、こうした問題は少ない。
以上。

アナリストコラム一覧 TOPへ戻る