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アナリストコラム

円は安全通貨だから買われたのか?-客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2016年07月15日

(要旨)
国際金融市場が混乱すると、円高になる。その時言われるのが「安全通貨の円が買われた」である。しかし、円がドルより安全とは思われない。

日本の対外純資産は、誰かが為替リスクをとって外国に投資している。つまり、人々がリスクを厭わずリターンを追うときは外貨買いが増え、人々がリスクを避ける時には外貨が売られる(円が買われる)のである。

国際金融市場が混乱すると、人々がリスクを避けたいと思うので、円高になるのであって、別に円がドルより安全だからではない。


(本文)
世界の金融市場が混乱すると、円高になる。「安全通貨である円に資金が逃避した」と言われるわけであるが、本当であろうか?世界一の経済大国、軍事大国である米国の通貨、世界の基軸通貨である米ドルと比べて、日本円の方が安全だとはどうしても思えない。

今回は、どうして金融市場が混乱すると円が買われるのか、筆者なりの考え方を御披露したい。

■日本の対外純資産が原因で金融危機時の円高が起きる
今回は、英国のEU離脱が話題になったため、欧州経済が混乱しそうだ、といいうことで円高になったものである。欧州通貨と比べて円が高くなるのはわかるが、米ドルと比べて円が高くなるのはなぜであろうか。

それは、筆者の考えによれば、日本の対外純資産が黒字だからである。日本は長年にわたり巨額の貿易黒字を稼いでいたから、輸出企業が巨額のドルを持ち帰ってきていた。これを買っていたのが投資家である。「円をドルに換えて米国で運用しよう。リスクはあるが、リターンも見込めるから」というわけである。

さて、日本の投資家が「博打モード」になると、リスクの事が気にならなくなり、リターンに注目した対外投資が増える。つまり、ドル買いが増えてドル高になるのである。一方、国際金融に曇りが生じると、投資家の「博打モード」が一休みとなるので、リスクが気になって対外投資を縮小しようとする。その過程でドル売り注文が出て円高になるのである。

こう考えると、世界のどこかで金融危機になると円高になることが容易に説明できる。別に円がドルより安全な通貨だから、といった無理な説明をする必要など無いのである。

日本人投資家だけではない。外国人投資家が「博打モード」になるか否かも重要である。

外国人投資家が博打モードになると、「金利の安い円を日本から借りて来て、ドルに換えて投資をしよう」と考えるので、やはりドル買い需要が増える。「キャリー・トレード」と呼ばれる取引である。反対に、外国人投資家の博打モードが弱まると、「円を借りている事は為替リスクだから、望ましくない。自国通貨を円に換えて日本の銀行に借金を返済しよう」と考えるので、円買い注文が増えて円高になるのである。

■突き詰めれば、対外純資産分のリスクを誰かが引き受ける必要
このことは、突き詰めて考えると、過去に日本経済が稼いできた莫大な経常収支黒字が対外純資産となっていて、その分は誰かが為替リスクを採らなければならないのである。

投資家たち(日本人でも外国人でも)が喜んでリスクを採る時には、ドル買いが増えてドル高になるが、人々がリスクを嫌う時にはドル売りが増えてドル安になるのである。

どこまでドル安になるかと言えば、「充分にドルが値下がりしたから、今ドルを買えば値上がり益が得られる可能性が高い。リスクはあるが、それを考えてもなお投資したくなるほどドルが割安だ」と考えるようになるまで続くのである。

短期的には、こうした動きに積極的な投機家が加担することもあるであろう。「世界中の投資家たちが、博打モードから安全モードにシフトしているから円高になるだろう。先回りして円を買っておこう」というわけである。これが値幅を拡大している面はあるはずである。

上記は、国際金融市場が混乱すると円が買われる現象の説明としては、「円が安全通貨だから」という説明よりは、無理が無いように思われるが、如何であろうか。

(経済初心者向け解説)

■リーマン・ショック後は確かに安全通貨だった円
リーマン・ショックは、米国の不動産バブルが崩壊したことで発生した。米国で不動産ローンを担保とした証券が大量に売られていた時に、米国で住宅バブルが崩壊したため、そうした証券を大量に持っていた米国の金融機関が大きな損失を被ったのである。

欧州でも、似たような時期にバブルが発生しており、似たような時期にそれが崩壊し、多くの金融機関が大きな痛手を被った。加えて、米国で発行された不動産ローン担保証券を買っていた欧州の金融機関が多かったことも、欧州の金融危機を深刻化したのである。

一方、日本では、バブル的な動きは限定的で、米国の不動産ローン担保証券に対する投資を行っていた金融機関も稀であったから、日本の金融業界は欧米に比べて圧倒的に健全だったのである。

そうした中で、世界の投資家は、欧米よりも日本の方が相対的に経済も金融も安定しているので、ドルやユーロより円を買った方が安全だ、と考えたのであろう。ドル売り円買い、ユーロ売り円買いの動きが起こり、円高になった。

この時に毎日のように使われていた「安全資産としての円が買われた」という表現が、その後も国際金融市場が混乱して円高になるたびに使われている、というのが現状である。欧米の金融市場が日本より危険だ、という状態ではなくなった後も、そのまま同じ表現が使われている、ということなのである。

■それでも円高の主因は日米金利差の縮小だった。
もっとも、リーマン・ショックの時でさえも、円高になった主因は他にあった。それは、欧米の景気悪化に伴って金融が緩和され、円とドル、円とユーロの金利差が小さくなったことであった。

日本の投資家は、日米金利差が大きければ、「円をドルに換えて米国債に投資しよう。ドルを買うと為替リスク(円高になって損をするリスクが)あるが、リスクはあっても高い金利を狙いたい」と考えてドルを買う。そうなるとドル高になる。

しかし、日米の金利差が小さくなると、日本の投資家が「円をドルに換えても、得られる金利はそれほど変わらない。それなら、わざわざドルを買って為替リスクをとる必要はない。ドルを買わずに日本国債を買おう」と考えるので、ドル買い需要が減り、ドル安になる。ユーロとの関係も全く同じである。

これは、重要なので、是非覚えておきたいことである。米国の景気が悪化すると、米国が金融を緩和するのでドル安円高になる。そうなると、日本の輸出企業は、米国の景気悪化と円高のダブルパンチを食らうのである。実際、リーマン・ショックの時も、輸出企業がダブルパンチを受けたことで日本経済は大きな打撃を受けた。考えようによっては、震源地の米国経済よりも落ち込み幅が大きかったとも言えるほどだったのである。

6月22日発行のTIWレポートより

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