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アナリストコラム

少子高齢化で日本経済に黄金時代が来る -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2016年08月05日

(要旨)
少子高齢化による労働力不足は、日本経済の長期不振の根本にあった失業問題を解決する。日本は失業者がいない、ワーキング・プアがいない、ブラック企業が無い国になる。

企業が省力化投資に注力すること等によって、日本経済が効率化し、日本経済の供給サイドが強化される。

増税しても失業が増えないので「気楽に」増税できるようになる。増税がインフレ対策と財政再建の一石二鳥に。

(本文)
○バブル崩壊後の失業問題は日本人の勤勉と倹約に起因する「合成の誤謬」
世の中には「皆が良い事をすると悪い結果が起きる」場合も多い。たとえば劇場火災の際に、個々の観客にとって最も良い事は非常口に向かって走ることであるが、皆が同じことをすると出口で悲劇が起きかねない。銀行が破産するとの噂を聞いた預金者にとって最も良い事は急いで預金を引き出すことだが、皆が預金を引き出そうとすると本当に銀行が倒産して皆が損をしかねない。こうした事を「合成の誤謬」と呼ぶ。

日本人は勤勉で倹約家が多い。これは良い事である。実際、江戸時代の農村では勤勉で倹約家だった人だけが飢饉を生き延びたわけであるし、高度成長期には、人々が勤勉に働いて大量の物を作り、倹約に努めたおかげで、企業が設備投資に使う鉄やセメントや設備機械を調達することが出来たからである。

しかし、バブルが崩壊して日本経済がゼロ成長の時代にはいると、設備投資が減ったので、勤勉と倹約がむしろ問題の発生源となったのである。皆が勤勉に働くと物が大量に作られ、皆が倹約すると物が売れ残って余る。そうなると企業は生産を減らし、雇用を減らすので、失業が増える。

○バブル崩壊後の問題の根源は失業だった
失業が増えると失業者は消費額が少ないので、一層物が売れなくなり、企業は一層生産を絞るため、悪循環で失業者が増える。失業者が増えると労働力需給が弛むので労働力の対価である賃金が下がる。賃金が下がると企業はコスト低下分で値下げ競争を行なうのでデフレになる。デフレになると人々は買い控えをするので物が売れなくなり、一層物価が下がる「デフレスパイラル」に陥る。

失業者が多いと、企業はいつでも労働力が安く調達できるので、正社員として囲い込む必要がない。したがって、正社員を減らして非正規職員を多用する。そうなると、非正規の仕事で生計を立てる「ワーキング・プア」が増える。ブラック企業も増える。社員が「辞めたら次の仕事はみつからず、失業者になる」と考えて辞めないからである。

失業者が多いと、政府は失業対策の公共投資を行なうので、財政赤字が増える。財務省は増税や歳出削減を試みるが、「それで失業が増えてしまう」という政治の抵抗によって断念する。あるいは断行して景気が悪化し、失業が増えて失業対策が採られることになる。

○ 少子高齢化による労働力不足で失業問題が解決へ
少子高齢化が進むと、労働力が不足するようになるので、失業問題が解決する。「山奥に住んでいる親を介護するので山奥から通える所で働きたい」といった失業者は残るので、本当に失業者がゼロになるわけではないが、普通の失業者は仕事にありつけるようになる。1日4時間しか働けない高齢者や子育て中の主婦なども仕事にありつくようになる。働く意欲と能力のある人々が誰でも仕事にありつける、素晴らしい社会が来るのである。

失業問題が解決すると、賃金が上がる。特に、非正規労働者の賃金は、労働力需給を素直に反映するので、正社員の給料よりも上昇スピードは速いはずである。ワーキング・プアと呼ばれる人々の生活が改善し、正社員と非正規労働者の格差が縮まって「同一労働同一賃金」に近づくとすれば、それも素晴らしいことであろう。

ブラック企業も淘汰されて行くであろう。ブラック企業の社員が、「辞表を出せば、別の会社が雇ってくれる」という安心感を持つようになると、ブラック企業が社員を引き留めるために待遇を改善せざるを得ないし、改善しない企業は社員が辞めて消滅することになるからである。

ワーキング・プアの生活レベルが向上すると、「金がなくて結婚できない、子どもが持てない」といった若者が、「フリーター同志で結婚しても、生活できるし子どもも持てる」ようになるかもしれない。少子化さえも緩和されるかも知れないのである。

○ デフレスパイラルからマイルドインフレの時代へ
労働力が不足し、賃金が上昇すると、コストを売値に転嫁する企業が増えるので、安売り競争によるデフレが止まり、インフレの時代が来るであろう。サービス業などでは供給不足による価格上昇も発生するかもしれない。

給料が増え、インフレ気味の経済になれば、人々の行動は買い控えから買い急ぎに変化するであろうから、景気にプラスの力となろう。企業が省力化投資に注力することも、設備投資を活発化させ、景気にプラスに働こう。

○ 日本経済の供給サイドが強化される
バブル崩壊後の日本経済が長期低迷していた原因として、「供給サイドの弱さ」を挙げ、供給サイドの強化を目指したのが小泉構造改革であった。しかし、日本経済の供給サイドが弱かった主因は需要不足(労働力余剰)であったため、当時の政策は的外れなものも多かった。

今後、労働力不足の時代を迎えると、ようやく日本経済の供給サイドを強化する事が必要になってくる。ところが、大変都合の良いことに、労働力が不足することによって、日本経済の供給サイドは自然と強化されていくことになるのである。

まず、企業は省力化投資を進めるであろう。これまでの日本企業は、省力化投資の必要がなかったので、「少しの省力化投資で大きな成果が見込まれる案件」が至る所に存在しており、これが実現されていく効果は大きいはずである。

失業対策の公共投資が減ることも、日本経済全体としての供給サイドの効率化につながる。失業対策は、労働生産性の低いものが多いからである。

労働力不足により賃金が上がると、高い賃金の払えない非効率企業から高い賃金が払える効率企業へ労働力が流れて行くであろう。これも、日本経済全体の労働生産性を高める力となろう。

○ 増税が容易になり、財政バランスが改善するかも
労働力が不足する時代が来ると、「増税して景気が悪化しても、失業者が増える心配が無い」と考えて、政治家が「気楽に」増税できるようになるかもしれない。無駄なように見える歳出も、「歳出をカットしたら失業が増える」という反対運動によって削り切れていなかったのが、今後は「気楽に」カットできるようになるかもしれない。

更に言えば、今後はインフレを増税で押さえ込む時代になるかもしれない。本来であればインフレ抑制は金融政策が主役の筈であるが、政府が巨額の借金をしている時に金融引締めを行なうと、利払い負担で財政が悪化しかねない。そこで、「金融は緩和したままで増税によって景気を悪化させて、インフレを押さえ込む」というポリシー・ミックスが採用されるようになるかもしれない。

そうなれば、増税は「インフレ抑制と財政再建の一石二鳥」となり、頻繁に行なわれるようになるかも知れないのである。

○ 移民の受け入れは黄金時代の到来を阻害
労働力が余っている経済と足りない経済を比べれば、足りない経済の方が遥かに活気があり、様々な問題も解決する。経済界としては、「労働力が不足するから移民を受け入れて安価な労働力を活用したい」といった希望があるかもしれないが、日本経済全体として見れば、それは望ましい選択とは言えないのである。

移民を受け入れれば、労働力不足によって到来しようとしている黄金時代が到来しなくなり、従来の長期停滞が続くことにもなりかねない。是非、避けるべきであろう。

経済界にとっても、移民の受け入れが望ましいとは限らない。第一に、日本のマクロ経済が長期停滞すれば、安価な労働力が雇えても企業は潤わないからである。第二に、「ライバルも安価な労働力を手にいれるので、安売り競争が再開される」可能性も高いからである。経営者としては、自社が安価な労働力を手にいれた場合のメリットのみを考慮して移民受け入れに賛成するのではなく、起こり得る様々な現象をしっかり予測した上で、移民の受け入れに賛成すべきか否かを判断するべきであろう。

「介護の人員が足りないから移民を受け入れるべき」という人がいるが、それは本末転倒である。介護報酬を引き上げて、人々が介護の仕事に就きたいと思うようにすべきである。それにより他産業の労働力不足が深刻化して賃金が上がるとすれば、それはデフレをインフレに転換し、ワーキング・プア問題を解消する等々のプラス効果ももたらすであろう。

(8月1日発行レポートから転載)

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