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アナリストコラム

2017年のリスクを考える -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2017年01月13日

(要旨)
・国内的には、政治も経済も大きなリスク無し
・米国の景気過熱等に伴うインフレは、日本にはむしろプラス
・米中貿易戦争の勃発は、日本が漁父の利を得るチャンス
・米国の対日貿易摩擦の勃発も、過度な懸念は不要
・産油国の破産に伴う混乱は、中期的な懸念材料
・米国一国主義に伴う国際紛争の多発がリスクを増幅するかも

(本文)
 新年に当たり、今年のリスクについて考えてみた。国際紛争が経済に悪影響を与える可能性は否定出来ないが、筆者は外交、軍事面は不得手である上に、トランプ・リスクが読めない事もあり、限界がある事を予め御了承いただいた上で、御笑覧いただければ幸いである。

・国内的には、政治も経済も大きなリスク無し
今年のリスクを考えるとき、国内的には珍しいほど何も無い。政治面では、安倍政権の一人勝ちの構図は崩れそうも無い。東京都知事選で自民党が大敗し、「東京地盤の小池新党が大阪地盤の日本維新の会、名古屋地盤の減税日本が合併して自民党からも合流して一大勢力になる」可能性は皆無では無いが、政権が倒れる事は無いであろうし、経済政策的にも「新党」は現与党と極端な違いはなさそうであるから、少なくとも景気等を予想する上では影響無しと考えて良いであろう。
国内景気の面でも、極めて緩やかな回復が持続しており、これが急に腰折れすると考える特段の理由は見当たらない。消費者物価指数は、前年比で見れば円安と原油高によりプラスとなろうが、インフレ目標が達成される事は考えにくく(一時的な前年比2%があり得たとしても、持続可能なものと認識される事は考えにくい)、金融政策の大転換も無さそうである。
少子高齢化の進展、景気の回復、企業の残業規制などにより労働力不足が深刻化し、人手不足倒産などが増加するかもしれないが、これは「高い給料の払えない非効率企業が淘汰され、高い給料の払える効率的企業に労働力がシフトした」と考えれば、マクロ経済的には望ましいことで、リスクとは言えまい。

・米国の景気過熱等に伴うインフレ懸念は、日本にはむしろプラス
トランプ次期米国大統領は、景気対策に熱心であるため、米国の景気は順調な拡大を続けると思われる。これがインフレに繋がるには時間を要するであろうが、年内にインフレ懸念が金融市場に広がる可能性は否定出来ない。
加えて、輸入制限的な動きが広がれば、輸入物価が高騰し、あるいは国産品で代替するとすれば、たとえば給料の高い米国人が中国人に代わって洋服を作るとすれば、かなりのインフレ圧力となりかねない。これも、タイミング的には年内では無さそうだが、インフレ懸念は年内に広がるかもしれない。
トランプ新大統領が移民をどの程度本気で追い返すのか、現時点では不明だが、新規流入が止まり、犯罪歴のある不法移民を追い返すだけでも、「底辺の3K労働」の担い手が急激に不足し、ボトルネック・インフレが発生する可能性も考えられる。掃除人が確保出来ずに休業するホテルが増えてホテルの需給逼迫から営業中のホテルが値上がりする、といったイメージであろうか。
もっとも、米国のインフレ懸念が日本経済に与える影響はマイナスとは限らない。むしろ、米国のインフレ懸念が米国の金利上昇を通じてドル高円安になり、日本経済にプラスに働く可能性も大きいように思われる。
少なくとも、米国の景気刺激策により米国の景気が拡大して対日輸入が増える効果を消し去るほどの悪影響が、インフレ懸念によって日本経済にもたらされるとは考えにくいのではなかろうか。

・米中貿易戦争の勃発は、日本が漁父の利を得るチャンス
米国がNAFTAを脱退し、メキシコからの輸入品に関税をかけても、日本経済への影響は小さいであろう。メキシコに工場を持つ日本企業は、対米輸出が困難になり困るかも知れないが、メキシコの子会社からの配当収入が減ったところで、日本経済への影響は限定的である。
米国がTPPを脱退したところで、何も起きない。「TPPが発効すれば起きたであろう事が起きなくなった」に過ぎないので、何か悪い事が起きるわけではない。良い事が起きると期待していたのに起きなかったからガッカリした、という程度の話である。
しかし、米中貿易戦争となれば、日本経済への影響は大きくなりそうだ。中国の被る打撃は米国の被る打撃よりも圧倒的に大きく、貿易戦争は米国の圧勝となろうが、それに伴って日本が漁夫の利を得る可能性は高い。
米国が対中輸入に高関税を課せば、中国の対米輸出は激減しかねない。中国製品は日本製品と異なり、「品質は低いが値段が安いから売れている」のであって、関税により価格競争力を失えば、米国の調達先が他の途上国に移るか、米国内での生産に切り替わるか、いずれも容易だからである。
これにより中国の景気が悪化して対日輸入が減る事は十分に考えられるが、過度な懸念は不要である。米国の対中輸入が減った分の多くは他の途上国からの輸入に振り返られるであろうから、当該途上国の景気が拡大し、対日輸入が増加するからである。
一方で、中国の対米輸入は、中国国内では生産が難しい品目も多い。中国で生産出来るならば、人件費の安い中国で生産しているはずであり、「生産出来ないから輸入している」のだから。そうだとすれば、中国が対米報復関税を課したとしても、中国の輸入はそれほど減らず、中国経済が輸出激減で被る打撃を回復する事は出来そうも無い。
その間、中国の対米輸入が減った穴埋めとして、日本製品が対中輸出を伸ばす可能性は充分にある。日本製品と米国製品は、いずれも中国が不得意とする技術集約的な財で、競合しているからである。

・米国の対日貿易摩擦の勃発も、過度な懸念は不要
トランプ氏は、日本からの輸入も制限するかもしれない。しかし、その場合でも極端な事にはならないであろう。
日本製品は、中国製品と異なり、「品質が良いので高くても買いたい」と米国人に思われている。そうした中で、対日輸入関税を課したとしても、それほど対日輸入量は減らないかもしれず、米国にとって、関税を課すインセンティブが大きくない。
まして、円高誘導のインセンティブは低いであろう。円高に誘導しても対日輸入量はそれほど減らず、一方で対日輸入価格が高騰して米国内のインフレ圧力を強めてしまうリスクが大きいからである。
トランプ氏はビジネスマンであるから、「ハッタリ外交」で日本からの譲歩を引き出そうとするかも知れないが、対日貿易摩擦が米国にメリットが小さい事を充分認識した上で冷静に対応すれば、日本への被害は限定的であろう。

・米国一国主義に伴う国際紛争の多発は、中期的な懸念材料
交・軍事面でのトランプ・リスクとしては、「モンロー主義への回帰」が考えられる。「米国は世界の警察官である事をやめて、自国の防衛に専念する」というワケである。
同盟国を見放すとも思われないので、まさか日米安保条約が破棄されたりする事は無いであろうが、たとえば中東地域への興味関心を失う可能性はあろう。米国一国主義に加えて、米国内でシェール革命が進行し、エネルギーを中東に頼らない国になりつつある事も、米国が中東への興味関心を失う理由として重要であろう。そうなると、中東地域での混乱が発生した時に、世界の警察官が登場せず、中国やロシアが介入し、現地の反政府勢力等との争いが激化し、最悪の場合には中東全体がシリア化するかもしれない。
もちろん、時間軸としては今年ではなく、数年タームの話であるが、そうした懸念は年内に表面化する可能性があろう。

・産油国の破産に伴う混乱がリスクを増幅するかも
米国の中東からの撤退リスクとの相乗効果となり兼ねないのが、トランプ・リスクとは無関係の中東産油国の破産である。原油価格が暴落してから時間が経過し、耐えきれなくなったOPEC諸国がようやく減産に合意したが、原油価格の戻りは限定的である。
しかも、米国のシェール・オイルが技術革新によってコストを低下させつつあり、一定額以上に価格が戻るとシェール・オイルの生産が増加して中東諸国の生産量を抑制してしまうリスクは高まりつつある。
中東諸国は、財政収入の多くを石油収入に頼っている国が多い。彼等は、潤沢な石油収入で国民の税金や教育費を無料にする等、バラマキ政策を行なって国民を懐柔している。そうした国が、石油収入の減少に見舞われ、過去の蓄積を食い潰してしまったとしたら、国民の不満が高まり、政情が不安定化しかねないのである。
最悪は大産油国であるロシアの破産による政情の混乱であろうが、幸いな事にロシアは1990年代初にソビエト共産党政権の崩壊による混乱を「無難」に乗り切った経験がある。核弾頭がテロリストの手に渡る事も無かったし、内戦が起きる事もなかった。98年の外貨危機の際も、「無難」に乗り切った。今後仮にロシア政府が破産したとしても、世界が大混乱に陥る事は無いと期待したい。

(1月5日発行レポートから転載)

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