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アナリストコラム

「景気の予想屋」はどうやって景気の予想を行うのか?-客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2017年02月10日

(要旨)
・景気の方向が変わるか否か、財政金融政策、海外景気をチェック
・筆者が重視している経済指標は、鉱工業生産指数。今は雇用関係も
・構造変化を捉えるのは困難。鋭い人は存在するが。
・景気回復宣言は景気の方向転換を示すもので、水準ではない
・「実感できない景気回復」の主因はおそらく賃金が上がらないこと

・景気の方向が変わるか否か、財政金融政策、海外景気をチェック
景気の予想屋たちは、千差万別である。経済学的に正しい予想方法が存在しているわけではなく、予想屋たちの長年の経験と勘が頼りであるから、各人がそれぞれの手法を持っている。
ただ、多くの予想屋に共通している事は、まず景気の方向を見定めること、それが転換するか否かを考えるために財政金融政策と海外景気に注目している事であろう。
景気は自分では方向を変えない。景気が良い時は、物が売れるので企業が増産し、そのために失業者を雇う。すると雇われた元失業者が消費をするので物が一層良く売れるようになる、といった具合である。
こうして景気が回復を続けている時、インフレが心配になった日銀が金融を引き締めて景気をわざと悪化させる場合がある。あるいは海外でリーマン・ショックが発生して日本の輸出が激減して日本の景気が腰折れする可能性がある。こうした可能性の有無を考えて、可能性が小さければ景気は回復を続けると予想する。
景気が悪化している時は、政府日銀が財政金融政策で景気の浮揚を図るのが普通であるので、それが充分な効果を上げそうか否かを予想することになる。もちろん、海外の景気動向によって輸出が増減すれば、財政金融政策を補完したり無効化したりしかねないので、海外情勢にも目配りをする。

・筆者が重視している経済指標は、鉱工業生産指数。今は雇用関係も
一般論として、景気の予想屋は数多くの経済指標を「広く浅く」眺めて景気判断を行なうので、特に重視している経済指標というものを持たない場合も多い。市場関係者の多くは米国雇用統計と日米金融政策に特段の関心を持っているが、そうした事は景気の予想屋には多くない。
ただ、強いて挙げれば、筆者が重視している経済指標は、鉱工業生産指数である。これが増えている時は、雇用が増え、企業収益が好転すると考えて良いからである。GDPや雇用者数に占める製造業のウエイトはそれほど大きくないが、サービス業に比べて製造業の生産は増減が激しいことに加え、製造業がサービス業に影響する部分も多い。たとえば生産が増えれば運輸サービスの需要が増える、といった具合である。
景気動向指数を見ても良いのだが、鉱工業生産指数の方が発表時期が早いので、筆者はこちらを見る習慣がついている。読者が経済の専門家でないとして、いずれか一つの経済指標を見るとしたら、景気動向指数のCI一致指数をお勧めする。内閣府の月例経済報告の主要経済指標に、グラフが載っているので、それを見ると景気の動きが一目でイメージ出来るからである。
最近は、鉱工業生産指数が横這い圏の動きに終始しており、景気の先行きを予想する材料として今ひとつなので、雇用関係の指標も重視するようにしている。というのは、景気が加速するとすれば、労働力不足により非正規労働者の賃金が上昇して消費が増えるか、物価が上がって「買い急ぎ」が増えるか、労働力不足により省力化投資が増えるか、といった経路が期待されるからである。

・構造変化を捉えるのは困難。鋭い人は存在するが。
景気の予想屋は、過去の経験と勘に頼るので、経済構造が変化している時に正しい予想をする事は困難である。
筆者の成功例と失敗例を御披露しよう。成功例は、1985年のプラザ合意で大幅な円高になった時に、「それでも日本の輸出数量は減らない」と予想したことである。高度経済成長期の日本製品は「品質は低いが値段が安いから買おう」と言われていたので、「円高で輸出価格を値上げしたら全く売れないだろう」と広く信じられていた。
ところが筆者は偶然にも、プラザ合意当時は米国留学中で、米国人たちが「日本車は性能が良いから高くても買いたい」と言っているのを知っていたため、プラザ合意後に調査部に配属された際、「円高でドル建て輸出価格を上げても輸出数量はそれほど減らないだろう」と予想したのである。筆者の長い予想屋人生の中での最大のヒットが、駆け出しの時であったわけで、これは実力ではなく「ビギナーズ・ラック」と認めざるを得まい(笑)。
失敗談は数限りないが、失敗の原因が未だに把握出来ていない物として、アベノミクス円安が輸出入数量に影響を与えなかった事が挙げられる。予想屋たちの間では、「アベノミクス円安でもしばらく貿易赤字は解消しないだろう」という正しい予想をしていた人も少なからずいるので、鋭い人には構造変化が読めるのかも知れないが、筆者は未だに「輸出数量も少しは増えるだろうし、輸入に関しては輸入品から国産品へのシフトが進むだろうから、激減するだろう」と考えていて、毎年の予想を外し続けている。最近ようやく「筆者が理解できない構造変化が起きていると考えて、来年の輸出入数量は増減しないと予想しよう」と達観しはじめたが(笑)。

・景気回復宣言は景気の方向転換を示すもので、水準ではない
景気は、自分で方向を変える事は稀で、財政金融政策や海外景気等によって方向が変えられない限り、そのままの方向で進行する。ということは、景気を予想する上では方向が決定的に重要だという事になる。
そこで政府は、景気が回復をはじめたタイミングで「景気回復宣言」を出す。民間の予想屋たちも同様である。これは、「景気の方向が上を向き始めたので、しばらくこのまま推移すれば景気が良くなるだろう」という宣言である。
ところが、景気の専門家でない一般の人々の中には、これを「景気が良くなった」という宣言だと勘違いしている人が多い。そこで、「政府は全然解っていない。景気は悪いままで、現に我が社も赤字のままだ」と言う人が多いのである。
こうした人に対して筆者は、「御社が赤字なのは知っているが、赤字が昨日より少しだけ減っているはずだ。このまま減り続ければ、いつかは黒字になるのだから、気を楽にして待とう」と申し上げている。
読者が高熱にうなされ、生死の境をさまよったとする。熱が下がり、目を開けると医者がいて、「命は助かった。あとは無理をしなければいつかは退院できる」と言われたら、読者は医者に何と言うだろうか?「先生はちっとも解っていない。私は少しも元気ではない」と怒るのではなく、「有難うございました。無理をせず、退院できるようにします」と言うだろう。それと同じことなのだが、政府や景気予想屋は医者ほど信頼されていないので、文句を言われるのだ(笑)。

・「実感できない景気回復」の主因はおそらく賃金が上がらないこと
専門家が景気は回復していると言っているのに、庶民は少しも景気の回復を実感していない、という場合は少なくない。おそらく、現在もそうであろう。その理由は、サラリーマンの給料が増えていない事にある。
直近の景気は、概ね横這いで、非常にゆっくり回復しているといった所であろうから、庶民が景気回復を実感出来ないのは当然であるが、アベノミクス前と比べれば、景気は明らかに回復しているのであるから、本来ならば、多くの庶民がそれを実感出来ているはずであるが、そうでもない。
それは、今次景気回復が富裕層と恵まれない層に恩恵を与える一方で、普通の庶民には恩恵が及んでいないからである。株高で潤っている富裕層の話はともかくとして、失業率が低下して、最も可哀想な失業者が仕事にありついている。これは素晴らしいことだ。アルバイトの時給が上昇しているので、ワーキング・プアの生活が少しはマトモになりつつある。これも素晴らしいことだ。
本稿の読者は庶民が多いであろうから、景気回復が実感できていない人も多いであろうが、自分の給料袋の話はともかく、こうした恵まれない人々に恩恵が及んでいる事に思いを馳せて、景気回復が実感出来たつもりになろう。筆者も付き合うこととする(笑)。

 (2月6日発行レポートから転載)

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