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アナリストコラム

金融庁が金融事業者に顧客本位を求めるのは筋違い -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2017年07月07日

(要旨) 

・企業の「顧客本位」は建前であり、監督官庁が強要するものに非ず
・リスクの開示は必要だが、手数料率の開示は一般には不要
・企業は、安くて良い物を売らないと儲からない場合に努力する
・消費者が賢い選択が出来るように、消費者教育をする必要あり
・消費者の自助努力が足りないのでは?


・企業の「顧客本位」は建前であり、監督官庁が強要するものに非ず
金融庁は本年3月、「顧客本位の業務運営に関する原則」を発表し、金融事業者(金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融機関等)が顧客本位の業務運営に当たるべきだ、としている。ポイントは「顧客の最善の利益の追求」で、具体的な原則として「顧客本位の業務運営に関する方針の策定・公表等」「顧客の最善の利益の追求」「利益相反の適切な管理」「手数料の明確化」「重要な情報の分かりやすい提供」「顧客にふさわしいサービスの提供」「従業員に対する適切な動機づけの枠組み等」の7つを掲げている。

しかし、「顧客本位」は、建前としては美しいが、青臭い書正論である。本気で売り手が買い手の利益を追求したら、売り手は倒産してしまうわけで、売り手が顧客の利益を考えるのは、「安くて良いものを売れば顧客が集まり、利益になる」時に限られる。逆に言えば、一般には売り手は「買い手の商品知識が乏しければ、利益率の高い商品を勧めるインセンティブを持つ」わけである。売り手は「顧客本位」と常に言うが、本当に安くて良い物であるか否かを見極めるのは顧客の責任なのである。

・リスクの開示は必要だが、手数料率の開示は一般には不要
リスクの開示は重要であり、各業界とも監督官庁からリスクの開示は義務付けられている。家電には詳細な取り扱い説明書が添付されているし、タバコには「健康を害します」と大書きしてある。金融商品についても、リスクについて顧客に説明すべき事は当然である。

しかし、利益率については、そうではない。自動車販売会社が「仕入れ値は〇円、利益を〇円上乗せして小売値が〇円」とパンフレットに書いているわけではない。販売に際しては、顧客の希望に沿わない物を売り付ける事は問題だが、たとえば「スタイルの良い車です」と言って利益幅の高い車に顧客を誘導する事は、当然の営業努力と言えよう。


・企業は、安くて良い物を売らないと儲からない場合に努力する
企業は、安くて良い物を売る「義務」は無い。ただ、安くて良い物を売った方が儲かる場合には、そうするであろう、というだけの事である。

金融庁は「系列企業の商品ばかりを取り扱う金融機関が多い」としているが、自動車販売会社が系列自動車会社の商品だけを取り扱っているのは当然の事である。「顧客の利益のために、他社の製品を扱う事」といった指示が監督官庁から来るとも思われない。

一般に官庁は、所管する業界の育成に努めるものであるが、金融庁はそうではない。前身が金融監督庁である事が影響しているのかもしれないが、金融業界を取り締まる事を使命と心得ているのかも知れない。どちらが正しいか、という問題ではないが、金融業界としては心穏やかで無いであろう。

・消費者が賢い選択が出来るように、消費者教育をする必要あり
消費者が賢く無いために損をするのは、売り手側の問題というよりは買い手側の問題であろう。タバコが体に悪いからと言って、タバコを売った会社が批判されるべきではなく、タバコを買った客の自己責任であろう。強いて言えば、タバコの健康への害について十分な消費者教育を行って来なかった文部科学省と厚生労働省の問題かもしれないが。仮に、タバコが本当に深刻な害毒であれば、麻薬に指定して法律で禁じるべきであろう。そうなれば、タバコを売ること自体が悪になるが、現状はそうでは無いのである。

金融庁の言う通り、売られている保険や投資信託などの中には、買い手の利益の観点から望ましくない商品も含まれてはいるが、まずは顧客が商品について学ぶ事が第一であり、学びたい顧客に対して適切な情報を提供するとともに、潜在的な投資家たちの教育をすることが金融庁や日本銀行に求められる事であろう。

投資家たちが、投資は自己責任であると言う事をしっかり理解した上で、自分なりにしっかり調べて考えて判断するべき事は当然であるが、金融商品は素人には理解しにくい面もあるので、そこは金融庁や日本銀行などの金融教育に期待したい所であろう。

・消費者の自助努力が足りないのでは?
以上、筆者なりの「正論」を述べて来たが、最後に消費者に苦言を呈しておきたい。投資信託の販売手数料は公開されている。それを見比べて、手数料の安い方を買う事は、決して難しいことではない。それなのに、調べもせずに手数料の高いものを購入している顧客が決して少なくない。保険に関しても、同じような補償内容で保険料が会社によって大きく異なる場合も少なくないのに、よく調べずに保険に加入する顧客が決して少なくない。

ビールを買う時には、遠くのスーパーの安売りに飛びつくのに、なぜ金融商品については安易な選択をするのであろうか。「金融は難しい」と思い込んでいるとしたら、それは大きな間違いである。

たしかに金融には難しい部分もある。異なる金融商品のどちらを購入すべきかは、素人には判断がつきにくい場合も多い。しかし、筆者がここで問題としているのは「似たような金融商品が異なる値段で売られているならば、安い方を買おう」というだけの事である。せめて、ビールよりも高いものを買う時には、ビールよりも慎重に選ぶようにしたいものである。


(7月3日発行レポートから転載)


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