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アナリストコラム

貿易統計を読み解いてみよう -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2017年08月04日

(要旨)
・「貿易収支」の統計は二つある!
・ドル建て金額、円建て金額、数量が異なる動き
・金額に関するコメントは的外れが多いので要注意
・景気への影響は数量が重要。月例経済報告にグラフあり
・時々は、日銀の実質輸出入も見てみよう
・貿易統計に限らず、月次の振れに惑わされない

(本文)
・「貿易収支」の統計は二つある!
世の中には、「貿易収支」と呼ばれるものが、二つある。一つは「貿易統計(通関統計)」の輸出入差額であり、今ひとつは「国際収支統計」の貿易収支である。
後者の方が「正しい」統計なのだが、後者は発表のタイミングが遅く、しかも細かい内訳などが発表されないので、注目度は前者の方が遥かに高い。後者は「経常収支」の内訳項目として、時折言及される程度であるが、一つだけ注意を要するのは、構造的に前者の方が輸入が多い事である(主因は輸入関連運賃等が前者の輸入金額に含まれているため)。
そのため、通常は問題とはならないが、輸出入が概ね同額である時、「貿易統計では貿易収支が赤字だと発表されたのに、後日国際収支統計が発表された時には貿易収支が黒字だと言われた」という事があり得る。これは、別に速報値の誤りが確報値で修正されたという事では無い。もともと似て非なる統計なのである。

・ドル建て金額、円建て金額、数量が異なる動き
輸出入数量が変化しなかったとしても、たとえば原油価格が変化すれば貿易収支は変化する。輸出入数量もドル建て原油価格も変化しなかったとしても、ドル高円安になると貿易収支は変化する。こちらは少し複雑な動きとなる。
ドル建て貿易収支は、短期的には若干悪化する。ちなみに、理論的には「貿易収支は黒字が大きければ良い」というものでは無いが、世の中ではそうした価値観が一般的であるので、本稿でも貿易収支黒字の減少、赤字転落、赤字の増加を「悪化」と表現することとする。
ドル安円高で貿易収支が一時的に悪化するのは、輸出の一部が円建て契約となっているからである。円建て輸出分は、ドル高円安になると、ドル建て貿易収支上は輸出金額の減少と理解されるからである。もっとも、しばらくすると、ドル高円安で日本製品の競争力が増し、輸出数量が増え始めるので、輸出金額も増える。輸入品より国産品が割安になるので、輸入数量も少し減るかも知れない。こうして、短期的には悪化した貿易収支が時間と共に改善し、ドル高円安前よりも黒字が大きくなる。これをグラフに描くとローマ字のJのような形になるので、これを「Jカーブ効果」と呼ぶ。
円建ての貿易収支の動きも、ドル建ての動きと概ね同様であるが、短期的な落ち込み幅が異なってくる。ドル建てのグラフを、為替変動日の左側はそのまま、右側は上下に拡大して接続したような形になるからである。

・金額に関するコメントは的外れが多いので要注意
最近は、ドル建ての統計は見る人が少ないので、円建ての統計についてのコメントが多いが、的外れなものも多い。高度なところでは、「上記のJカーブ効果を理解していない」という問題点が指摘されるが、もっと初歩的な的外れも少なくない。
10%のドル高円安で各品目の輸出入金額が10%ずつ増加する中で、ドル建て原油価格が10%下落すると、原油の輸入金額だけは前年比ゼロとなる。そうなれば、貿易収支が改善するわけだが、改善の主因はもちろんドル建て原油価格の値下がりである。しかし、前年比ゼロの項目を黒字増加の要因として挙げる人は実に少ないのが実情である。
品目別輸出入の前年比を見て、輸出で一番増えている項目を見ながら「円安で自動車輸出が増えたから」とコメントする人が実に多いのである。自動車輸出が増えたのは、単にドル建て輸出金額が円換算で増加しただけの事である。円安で日本車の競争力が増して自動車輸出台数が増えたからではない。円安になってから輸出契約を結んで輸出されるまで、何ヶ月かかかるからである。第一、競争力の話をするなら、原油以外の輸入品も国産品に負けて輸入が減っていなければいけないはずであろう。

・景気への影響は数量が重要。月例経済報告にグラフあり
貿易統計が発表されると、円建て貿易収支が注目されるが、実は金額ベースの貿易収支というのは余り意味のある統計ではない。日本が外貨不足に悩んでいた時代であれば、「貿易収支の黒字で貴重な外貨を獲得した」という事もあったであろうが、今は巨額の経常収支黒字が溜まっていて日本は巨額の対外純資産を保有しているので、貿易収支が黒字でも赤字でも、あまり関係ないのである。
それよりも遥かに重要なのは、輸出数量と輸入数量である。輸出数量が増えれば国内生産が増え、景気にプラスである。輸入数量については、解釈が必要なので、要注意である。円高で国産品の競争力が弱まって輸入品が流れ込んだ結果として増えたのであれば、景気にマイナスの要因として悲しむべきであろうが、国内景気好調によって輸入数量が増えたのであれば、むしろ好ましい事かも知れない。
貿易統計の数量については、発表資料が見やすくないので、タイミング的には少し遅れるが、月例経済報告の主要経済指標に載っているグラフを見ると良いであろう。数量全体はもちろん、主要地域別、主要品目別輸出入数量の季節調整値のグラフが載っているので、何が起きているのか一目瞭然である。
相手地域別輸出数量は、相手地域の景気と為替レートの影響を受ける一方、相手地域別輸入数量は相手地域の為替レートの影響を受ける。主要品目別輸出入数量は、それぞれの事情による。

・時々は、日銀の実質輸出入も見てみよう
輸出入数量が景気との関係で重要であるとすると、気になるのが似て非なる統計である「実質輸出入(日本銀行発表)」である。こちらも月次で発表されていて、季節調整もされているので、月例経済報告主要経済指標の輸出入全体のグラフと基本的には同じものである。
もっとも、統計の作り方が若干異なっているため、景気への影響という意味では、実質輸出入の方が多少優れていると言えよう。主な違いは、品質向上分を輸出増と捉えているのが実質輸出で、個数をそのまま数えているのが貿易統計だ、という事である。
したがって、少し高度な分析ではあるが、両者の違いを眺めることによって、「企業は輸出品目の高度化によって円高を乗り切ろうとしているのだ」と言った事が読み取れる場合もある。

・貿易統計に限らず、月次の振れに惑わされない
以下は、「為替や株式の短期売買をする目的の投資家」ではなく「景気そのものを知り、企業経営等々に役立てたい」といった読者を対象としたものである。両者が必要とする情報は大きく異なるので、筆者は「エコノミスト」として後者を対象読者と考えている。短期投資のための情報を欲している読者は、「マーケット・エコノミスト」の情報を参照されたい。
経済統計一般に、月次の統計は振れる。たとえば月末に天候が悪くて船積みが出来なければ、当月の輸出が減り、翌月の輸出が増える。それを見て一喜一憂していては、景気の大きな眺めは把握できない。そこで、数ヶ月分の統計をじっくり眺めて、景気の大きな流れを把握するように心がけるべきである。

(8月1日発行レポートから転載)

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