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アナリストコラム

トルコリラの相場は戻るのか? -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2018年08月24日

(要旨)
■損切りをしない事自体が「バクチ」。買い向かうのも「バクチ」
■「正しい値段」に戻る可能性も大なので、チャンスは大
■しかし、ベストなタイミングで買う事は非常に困難
■市場がファンダメンタルズを壊すリスクも
■「一時的な混乱」が元に戻らなくなってしまうかも

(本文)
トルコリラの相場が暴落している。ファンダメンタルズを反映しない安値になっているのかも知れない。そこで、「いつかはファンダメンタルズを反映したレベルまで戻るだろう」と考える投資家や投機家も多いだろう。しかし、そうなるか否かは予断を許さない。本稿では、両方の可能性について考察して見よう。

■損切りをしない事自体が「バクチ」。買い向かうのも「バクチ」
投資の初心者は、損切りが下手だと言われる。損を実現するのが嫌で、「いつか戻るだろう」と期待して塩漬けにしておくのだが、その間に損が膨らむ事も多いようだ。

暴落した高金利通貨に関しても、同様であろうが、ここで強調しておきたいのは、暴落した高金利通貨を持ち続ける事はバクチである、という事だ。大きく値戻しするかも知れないし、暴落を続けるかも知れない物を持ち続けるわけだから。

通常時でも高金利通貨を持っているのはハイリスク・ハイリターンの投機と捉えるべきであるが、高金利通貨が暴落した時には、さらに一層そうである。

「損切りしない」のみならず、積極的に買い向かう投資家もいるだろう。「今の値段は、正しい値段より遥かに安いはずだ。今買えば、いずれは価格が戻って大儲け出来るだろう」と考える投資家は少なくないはずだ。

たしかに、正しい値段と比べて大幅に売られ過ぎたものは価格が戻る可能性も高く、そうなれば得られる利益も大きいかも知れない。

しかし、それには非常に大きなリスクを伴う事に、十分留意すべきであろう。くれぐれも老後の資金をつぎ込んだりしない範囲で、カジノの感覚で楽しむこととしたい。

まずは価格が戻って大儲けできる可能性について、そして「値段が下がりすぎたが、それにより経済の実態が悪化して値段に追いついてしまうリスク」について考えてみよう。

ちなみに、「正しい値段」というのは、経済ファンダメンタルズを反映した値段、という意味であり、厳密に計算できるわけではないが、市場参加者たちが何となくイメージしている値段の事である。

■「正しい値段」に戻る可能性も大なので、チャンスは大
為替レートが暴落して「正しい値段」以上に通貨が売り込まれた場合には、「後から考えると絶好の買いのチャンスだった」という場合も少なくない。

まず、米ドル(あるいはユーロ、円などの先進国通貨。以下同様)をxドルに交換すると、経済実態からは考えられないほど巨額のxドルが手に入る。

しかも、おそらくxドルの金利は高騰しているであろう。X国の投資家が米ドルを買わないように、外国の投資家がxドルを買うように、「xドルは高金利だから、x国の国債を買いましょう」というx国中央銀行からのお誘いが来ているはずだから。「通貨防衛のための金融引き締め」である。そこで、巨額のxドルを高い金利で運用して巨額の金利収入(ただしxドル建て)が得られる事になる。

あとは、xドルの値段が「正しい」所まで戻るのを待つだけである。戻るメカニズムとして考えられるのは、以下の3つである。

ひとつは、「正しい値段を大きく割り込んでいるから、今買って持っていれば、相場が戻って大儲け出来る」と考える勇気ある投機家たちが相場の主導権を握る場合である。

今ひとつは、多くの内外投資家がx国中央銀行の誘いに乗る事である。国内投資家は米ドルを買うのを手控えて国内の高金利で運用し、海外投資家がxドルの高い金利を享受しようとして米ドルをxドルに替える事で、xドルの買い注文が増えてxドルの値段が戻って行く、という場合である。

今ひとつは、消費者が動く場合である。X国の消費者は、輸入品が値上がりするので、輸入品の消費を控えるであろう。一方で、外国の消費者は、x国の商品がとても安くなるので、大量に買うであろう。それにより、x国の貿易収支が膨大な黒字となり、x国の輸出企業が海外から持ち帰った米ドルをxドルに替えることによりxドルの値段が戻るかも知れない。

こうしてxドルの相場が戻れば、海外の投資家は、安く買ったxドルを高金利で運用して増やした上に高値で売って多額の米ドルを持ち帰る、というハイリターンが実現することになる。

■しかし、ベストなタイミングで買う事は非常に困難
しかし、世の中はうまい話ばかりではない。まずは、仮にxドルの相場が戻るとしても、その前に大幅な値下がりがあるかもしれない。「もっと待ってから買えば良かった」という事は、高い確率で起きると考えておきたい。

前回記したように、暴落した高金利通貨には、「売りたく無い売りを強制される投資家」等々、更なる暴落を招くメカニズムが働くからである。

そんな時、「いつかは必ず戻るのだから、じっと持っていれば良い」とどっしり構えていられれば良いが、実はそれは大変難しいことなのだ。

最初の問題は、買ってからも下がり続けた場合、相場が戻るまで持ち続ける事が出来るか否かである。「この世の終わりを予感して売ったら、翌日から猛烈な勢いで戻った」という場合も多いからである。これを相場の世界では「セリング・クライマックス」と呼ぶらしい。初心者が「落ちて来るナイフを素手で掴もうとした」と笑われるケースである。

反対に、最後まで持ち切ろうと思っていても、後述のように、「為替の暴落によって実体経済が悪化して、永遠に為替が戻らない」場合もある。「そんな事なら早く売るべきだった」と反省することになるかも知れないのである。

■市場がファンダメンタルズを壊すリスクも
高金利通貨国では、多くの企業が「高い金利を支払って自国通貨で借金するよりも、外国から米ドルを借りて来て、それを自国通貨に替えて使っている」場合が多い。X国も、そうであるとしよう。

そうした企業は、米ドルを借りてxドルに替えた時は僅かなxドルしか受け取っていないのに、xドルが暴落してしまったために、返済するための米ドル買いには巨額のxドルを必要とするので、倒産リスクが高くなる。そうなると、不安になった外国の銀行から返済要請が来るので、実際に高値で米ドルを買わされる事になる。

最初に返済した借り手は返せたとしても、その返済のためのドル買いが更なるドル高をもたらすため、次に返済する企業の返済負担は増し、倒産するかもしれない。

米ドルではなく「高い金利を我慢してXドル建で借りている企業」は大丈夫かと言えば、そんな事は無い。上記のように中央銀行が通貨防衛のための金融引き締めを行えば、もともと高かった借入金利が更に高騰し、結局返済不能となりかねないからである。

極端な場合には、米ドルで借りていた企業もxドルで借りていた企業も倒産し、国内で生産活動が行われなくなってしまうかも知れない。

そうなると、通貨が暴落して輸入物価が高騰しても、国民は輸入品を買わざるを得ない。海外の消費者が「x国の物が値下がりしたはずだ」と買いに来ても、「工場が稼働していないので、売るものが無い」と言われてしまうかも知れない。つまり、為替レートが戻るメカニズムが失われて、ファンダメンタルズが暴落した為替レートに追いついてしまうのである。


■「一時的な混乱」が元に戻らなくなってしまうかも
「一時的な混乱が収まれば、すべて元に戻るだろう」と考えるのは、甘いかも知れない。

一番ありそうなのは、物不足と輸入物価高騰により、ハイパーインフレになる可能性である。国内の物価が10倍になれば、xドルの価値は10分の1になり、当然ながら対米ドルの適正レートも10分の1になるから、為替レートもそこまでしか戻らなくなる。

更に言えば、失業者が街にあふれて治安が極度に悪化し、富裕層や知識層は海外に逃げ出すかもしれない。そうなれば、混乱が収束しても、国内生産は元に戻らないだろう。

富裕層のみならず、庶民までも資産防衛のためにxドルを米ドルに替えるようになれば、その流れを止めるのは極めて困難であり、一度失った通貨の信用は容易には戻らないから、通貨の価値も永遠に戻らないかも知れない。

治安を回復するために独裁政権が強権政治を始めれば、海外からの投資は逃げ出して戻って来ないだろうし、先進国やIMFなどの支援も絶望的となる。

もちろん、これは最悪のケースであって、上記のように通貨価値が顕著に回復する可能性もある。どちらに転ぶかは、ケース・バイ・ケースとしか言いようが無かろう。

当然であるが、読者におかれては、投資(というより投機)は自己責任でお願いしたい。拙稿は読者に投機を勧誘するものでは無いので(笑)。

(8月15日発行レポートから転載)

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