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アナリストコラム

金融危機の怖さを見せつけたリーマン・ショック -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2018年10月05日

(要旨)
・リーマン・ショックの源はサブプライム・ローン
・疑心暗鬼を招いた「証券化」
・金融機関相互の資金貸借が激減
・自己資本比率規制により貸し渋りが深刻化
・米国が震源だから世界経済が大混乱
・米国緩和とリスクオフで円高に
・日本製品には円高以外の逆風
・株式にはさらなる逆風も

(本文)
リーマン・ショックから10年が経過した。すでに記憶の彼方という方も、歴史の本で読んだという方も、リーマン・ショックの経験に学ぶ事は重要である。そこで今回は、「なぜ、米国の貧乏人(失礼)が住宅ローンを踏み倒したら、日本株が暴落したのか」を考えてみたい。

石油ショックのような、実物経済の出来事は、次々と延焼してゆく火事のようなもので、比較的予想が容易なのだが、金融危機は飛び火をしたりガス管を伝わって遠隔地で急に出火したりするイメージで、予測が難しい。だからこそ、過去に学ぶことが今後を予想する際に重要なのである。

・リーマン・ショックの源はサブプライム・ローン
米国では、リーマン・ショックに先立ち、住宅バブルが発生していた。住宅価格が上昇を続けていたため、信用力の乏しい借り手にも金融機関が融資していたのである。「借り手に踏み倒されても、担保の住宅を競売すれば貸出金は回収できる」との読みであった。

サブプライム・ローンは証券化され、世界中の投資家に売られて行った。高格付けで、かつ高利回りなので、人気があったのである。そこで、銀行は競ってサブプライム・ローンを貸し出して証券化した。こうした貸出が、住宅需要を増やし、住宅バブルを過熱させ、更なる貸出増加という悪循環(当時の実感としては好循環)を生んでいたのである。

・疑心暗鬼を招いた「証券化」
サブプライム・ローンが大量に焦げ付くと、証券化商品の価格が暴落した。おそらく、最後まで持っていれば半分は回収出来ると思われる商品も、投資家たちが先を争って処分したがったため、半値以下に暴落したのである。

邦銀は、不良債権を抱えて持っていたから、最終的に回収出来た額を回収出来たが、米銀等は証券化商品を投げ売りしたので、本来ならば回収出来る額より少ない回収額に止まったのである。

更に問題なのは、証券化商品が活発に売買された結果、誰がどのような「不良債権」を持っているのかが不明なため、金融機関が疑心暗鬼に陥り、相互の資金貸借が滞ってしまった事である。

・金融機関相互の資金貸借が激減
金融機関は、相互に活発な資金貸借を行なっている。預金が集まる金融機関から、借入需要の多い金融機関に資金を貸し出しているのである。それが一気に回収されると、借りている金融機関は資金不足に陥り、顧客に貸し渋りをするようになる。無い袖は振れないから、仕方がない。

問題は、資金を回収して金庫に積み上げた金融機関も、融資に消極的であった事だ。いつ取り付け騒ぎが発生するかも知れない状況下、融資の利鞘を稼ぐ事よりも安全第一を選んだのである。

こうして金融機関が貸し渋りをした事で、倒産した中小企業が多発するなど、景気が悪化した。市場の資金不足自体は、中央銀行が潤沢な資金を市場に供給したことで、ほどなく収まったが、今度は自己資本比率規制による貸し渋りが生じたのである。

・自己資本比率規制により貸し渋りが深刻化
サブプライム・ローンの不良債権化や景気悪化により、金融機関の多くは巨額の損失を被り、自己資本が大幅に減ることとなった。銀行には自己資本比率規制があるので、自己資本が大幅に減ると、貸出残高を抑制しなければいけず、貸し渋りをせざるを得なくなる。

ちなみに、自己資本比率規制とは、大胆に簡略化すると、銀行は自己資本の12.5倍(中小銀行は25倍)までしか貸出をしてはいけない、という規則である。

これに対しては、米国政府が金融機関に増資をさせて株式を引き受ける事で、金融機関の自己資本不足を緩和し、貸し渋りを解消した。しかし、その間に景気は急激かつ大幅に悪化した。

・米国が震源だから世界経済が大混乱
リーマン・ショックは、米国が震源地であった事から、世界中に影響が及んだ。第一に、米国は世界最大の輸入国であるから、米国の景気が悪化して輸入が減ると、世界中の輸出企業に大きな影響が出る。

第二に、米国の通貨である米ドルが同時に基軸通貨でもあるから、米銀が貸し渋りをした事で、国際的な資金不足が生じ、国際的な取引などにも支障が出た。

第三に、米ドルを借りていた途上国の一部が、米ドルの返済を迫られて、自国通貨を米ドルに替えさせられ、通貨が大幅安となった。

第四に、基軸通貨国で金融が緩和されたため、世界中の通貨に通貨高圧力がかかった。もっとも、実際には第三の要因との差し引きで、通貨毎に影響はバラバラであったが。

・米国緩和とリスクオフで円高に
上記第四の影響をモロに受けたのは、日本円であった。加えて、安全志向が円高要因となった。欧米金融機関が証券化商品を大量に保有していた一方で、日本の金融機関はあまり保有していなかったので、被害が少なく、相対的に安全だと思われていたのである。

しかし、更に重要なのは、「投資家たちがリスクオフになったから円高になった」という事である。日本は、過去からの経常収支黒字が巨額の対外純資産となっている。つまり、日本人投資家は、円をドルに替えて米国債等を持っているわけである。「リスクはあるが、利回りが高いから」という理由であろう。

人々が「リスクはあるが、儲けを狙いたい」という精神状態の時(リスクオンと呼ぶ)は、円をドルに替えて米国債等を買う投資家が増えるが、人々が「儲けを狙うよりもリスクを避けたい」という精神状態の時(リスクオフと呼ぶ)は、日本人投資家は米国債を売り、ドルを売り、円の預金で静かに事態を見守る事になる。

したがって、リーマン・ショックのような何が起きるかわからない時には、人々がリスクオフになって円高ドル安が進み易いのである。

ちなみに、外国人投資家が金利の低い円を借りて米国債等を買う場合もあるが、そうした取引も投資家たちがリスクオフになると巻き戻される(米国債を売り、ドルを売り、円の借金を返す)ので、同様の影響を与えることになる。

ちなみに、円高が日本の株価にマイナスに作用する事については、拙稿https://www.tiw.jp/investment/analyst_column/post_676/ を御参照いただきたい。

・日本製品には円高以外の逆風も
米国経済の悪化による需要減少、円高による輸出企業の収益悪化に加え、日本経済には他の逆風も吹いた。

日本製品は高品質ながら高価格なので、米国が不況になって米国の消費者が節約すると、低品質ながら低価格の途上国製品に需要がシフトしてしまうのである。

日本の主要輸出品である自動車は、ローンを組んで購入する消費者も多いが、ローンを貸し出す会社が銀行から貸し渋りをされたため、ローンを貸す事が出来ないケースが頻発した。日本車を買いたくても買えない消費者が多発し、日本車メーカーの需要が激減したのである。

自動車以外でも、設備投資資金が借りられずに設備投資を諦めた中小企業も多かったはずで、彼らへの設備機械の輸出が落ち込んだ事も、痛手であった。

・株式にはさらなる逆風も
銀行の貸し渋りにより、借金をして株を買っていた投資家が、借金の返済を迫られて、泣く泣く保有している株を売却した、といったケースも多かった模様だ。それが株式の需給を悪化させて株価暴落を加速した、という事である。

株価には、一度暴落を始めると、暴落が更なる暴落を招くメカニズムが働く事もある。トルコリラにも同様の力が働いたようなので、詳しくは拙稿https://www.tiw.jp/investment/analyst_column/post_675/を御参照いただきたい。

なお本稿は、理解しやすさを優先したため、厳密性が一部分犠牲になっているが、あしからず。


(10月1日発行レポートから転載)

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