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アナリストコラム

マスクの高額転売は、悔しいが禁止できない -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2020年03月13日

■経済を理解するのは暖かい心と冷たい頭脳
■マスクが足りない理由は実需と仮需
■転売を禁止すると本当に必要な人が困る
■グローバル経済では禁止が逆効果
■転売屋にもある程度の利益が必要
■さらに冷たい頭脳を鍛えよう

(本文)
■経済を理解するのは暖かい心と冷たい頭脳
他人がマスク不足に悩んでいる事を利用して高値でマスクを売りつけようという転売屋がいる。転売屋を批判している人は多い。しかし本稿は、転売屋を批判するものではない。むしろ、「転売屋がいないと困る」という内容である。

これを聞いて腹を立てた読者も多いだろう。筆者だって、転売屋は不愉快だし、自分が転売で儲けようなどとは思っていない。そこは誤解のないようにお願いしたい。

しかし、経済を理解するには、暖かい心と冷たい頭脳が必要なのだ。そこで本稿では、筆者は敢えて暖かい心を封印して冷たい頭脳に活躍してもらうことにしている。読者におかれても、この機会に暖かい心を封印して冷たい頭脳を鍛えていただければ幸いである。

■マスクが足りない理由は実需と仮需
マスクが足りない理由は二つある。一つは、新型肺炎の流行にともなって皆がマスクをするようになったからである。もう一つは、「マスクが売り切れると困るから、普段より多めにマスクを持っておこう」と考えた人が多かったからである。

百人の消費者がいるとする。普段マスクを使っているのは20人で、店には10日分の在庫として200枚が用意されているとする。

新型肺炎が流行しはじめ、100人が全員マスクをするようになり、しかも「売り切れるといけないから10枚買っておこう」と考えたとする。実際には20人しか買えず、残りの80人はマスクを買いたくても買えないわけである。

■転売を禁止すると本当に必要な人が困る
いま、人々が「マスクが10円なら10枚持っていたいけど、20円なら2枚持っていたい」と考えているとする。値段が10円に戻る可能性を考えれば、20円で10枚も買うのはリスクだからである。

そうなると、10枚持っている人は「20円で売れるなら、8枚転売しよう」と考えるので、全員が2枚ずつのマスクを手にする事になる。それによって流行を抑える事が出来るし、持病があってマスクが絶対に必要だ、という人もマスクを手にすることが出来るわけだ。

しかし、転売を禁止してしまうと、80人はマスクが買えないままになる。転売を許可する事によって、「絶対必要な人がマスクを買えないという最悪の事態」が出現するのである。

転売を許可すれば、最悪の事態から「高い金さえ出せばマスクが手に入る」という状態に「改善」するのである。

■グローバル経済では禁止が更に逆効果
経済はグローバル化しているので、日本だけが転売を禁止しても仕方ない。外国の転売屋が日本で大量にマスクを購入して外国で転売するかも知れないからだ。

もしかすると、マスクが輸入品である場合には、そもそも日本にマスクが輸入されなくなるかも知れない。

そうなると、「日本人は誰もマスクを買えない」といった最悪の事態さえ起こり得る事になる。転売は禁止してはいけないのだ。

■転売屋にもある程度の利益が必要
転売を認めたとしても、「10円のマスクを11円で売るなら良いが20円で売ってはいけない」という規則は、やはり有害である。転売屋はリスクを背負って商売しているので、リスクに見合った利益が見込めなければ商売をやめてしまうからである。

新型肺炎の流行が短期間で終了したりマスクが大量に生産されたりして品不足が解消されたら、転売屋は大量の不良在庫を抱え込む事になる。人々は既に大量のマスクを持っているわけだから、転売屋からは10円でも買わないだろう。

そうしたリスクを考えると、20円で売るくらいの利益を認めてやる必要があろう。悔しいが。

1000円で売る事は禁止しても良いかも知れない。しかし、1000円で売る事は禁止しなくても、転売屋同士の競争が行われるはずだから、禁止する必要は無いだろう。人々が慎重に行動すれば、つまり転売屋の中で一番安いところから買うように心がけるとすれば、1000円で買う人はいないからである。

情報弱者が1000円で買う事が無いように、「価格を比較して」と周知徹底するなどのサポート体制を整える必要はあるかも知れないが。

■さらに冷たい頭脳を鍛えよう
上記で冷たい頭脳を鍛えた読者の中には、更に冷たい頭脳を鍛えたいと考える人もいるだろうから、より過激な話をしよう。江戸時代の飢饉の時にコメを買い占めた強欲商人が役に立った、という話である。

ある年、コメが不作で例年の半分しか獲れなかった。そこで強欲商人がコメを買い占めて、例年の3倍の値段で売り出した。人々は例年の1.5倍の金額を払って例年の半分のコメを買い、腹をすかせながら1年間を過ごした。強欲商人を恨みながら。

さて、強欲商人が禁止されていたら、何が起きていただろうか。コメの値段は例年通りなので、人々は例年どおりにコメを買って食べた。平和だった。半年経つまでは。

半年後、日本の国にはコメが残っていなかった。当然である。収穫量が半分なのに、人々は例年どおりにコメを食べていたのだから。残りの半年間に何が起きたのかを考えるだけでも恐ろしいことだ。

暖かい心を封印して冷たい頭脳をフル回転した読者には、「強欲商人のおかげで日本人は生き延びたのだ」という事が理解出来よう。それでも「強欲商人よ、有難う」と言った人の話は筆者は聞いた事がないが(笑)。


(3月4日発行レポートから転載)

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