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お星さま -Cranberry Jam-

2013年04月19日

むかしむかし、今から何億年前の遠い昔に、地球から遠く離れた場所で、とあるお星さまが誕生しました。太陽より10倍くらいも重くて大きい星でした。生まれてから1日も休むことなく長い間輝き続けていましたが、歳を取って寿命が近づくと大きく赤く膨れ上がりました。

そしてついに、お星さまは寿命を迎えました。燃料を燃やし尽くして燃やす物が無くなると、自分の重さを支えることが出来なくなって、大爆発を起こしたのです。爆発のときに、信じられないくらいの強い光を出しました。太陽が一生をかけて放つ量の100倍の光を、ほんの短い間に解き放ちました。その光は、宇宙のあらゆる方向に飛んで行きました。今から8000年くらい前の出来事です。

むかしむかし、今から1000年前くらいの昔に、京都に藤原定家という歌人がいました。小倉百人一首の選者として知られています。百人一首には、「来ぬ人を まつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ」という定家の歌が収められています。いつ来てくれるのか分からない恋人を、今か今かと待ち焦がれる様子を詠んだ歌です。

今から13年前、平成12年に国宝に指定された『明月記』は、藤原定家が18歳から74歳までの56年間を克明に記した全58巻の壮大な人生日記です。その中に次のような記述があります。「天喜二年四月中旬以後の丑の時、客星、觜・参の度に出づ。東方にあらわる。天関星に孛す。大きさ歳星の如し」。「客星」とは普段は見えない星、「觜・参」とはオリオン座のことで、「オリオン座の東に普段見えない明るい星が見えるようになった。明るさは木星くらいだった。」という内容です。

お星さまの大爆発から7000年後、その光は遠く地球にまで到達しました。天喜2年(西暦1054年)のことです。7月4日から23日間にわたって日中でも見えるほどに輝いていました。『明月記』の記述は、まさにこの大爆発、カニ星雲の超新星爆発について記したものでした。

さて、オリオン座は、鼓のような特徴的な形をしていて明るいので、都心でも手軽に楽しめる星座です。ところがこの豪華な星の鼓の片面が、近々壊れるのだそうです。鼓の片面を構成する一等星ベテルギウスは、人間に例えるともう90歳で、いつ天寿を全うしてもおかしくない状態なのです。もし爆発すれば、満月ほどの明るさで輝く星が、昼夜を分かたず100日ほど見られます。地球にその光が届く数時間前に、ニュートリノが先に届くので、岐阜県飛騨市にあるスーパーカミオカンデがそれを検知するや否や、全世界の天体観測所にすぐに連絡が行くようになっています。爆発は明日かもしれませんし、100年後かもしれません。いま世界中の天文学者が、いつ来てくれるのか分からないお星さまの光を、今か今かと待ち焦がれていることでしょう。そう、藤原定家の和歌のように。

「来ぬ星を まつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ」

Written by Cranberry Jam

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