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アイ去りてラブ来たる -Cranberry Jam-

~アイ去りてラブ来たる~

先週、アイソン彗星の消滅がニュースになりました。世紀の天体ショーと目されていただけに、多くの天文ファンが肩を落としたことでしょう。アイソン彗星は、地球から1光年離れたオールトの雲から100万年前に旅立ちました。ホモ・サピエンスの誕生よりずっと前のことです。途方も無い時間をかけて太陽を目指してやってきて、昨年9月にようやく我々人類から発見されて日の目を見たのも束の間、やっと太陽に辿り着いたと思ったら近づきすぎたために熱で溶けて崩壊して、儚くも空の藻屑と消え去りました。

私が幼少の頃、ハレー彗星の接近が世間を賑わせました。地球がハレー彗星の尾の中を通過する5分間は息が出来なくなると聞いて、お風呂で息を止める練習をしたことを覚えています。ハレー彗星は75年周期で太陽を公転しており、『日本書紀』(684年)の記録を筆頭に、『続日本書紀』(837年)、『日本紀略』(912年)、『扶桑略記』(989年)など、日本では9世紀以降は欠かさず記録が残っています。次の接近は48年後の2061年です。

彗星は宇宙空間を飛ぶ星ですが、中世ヨーロッパにおいては大気中の気象現象だと考えられていました。キリスト教世界観が支配的であり、神が作った天界は永遠に不変であると信じられていたからです。一方、流星は、大気中の現象です。宇宙ステーションから流星を見ると、光の筋を眼下に望むことができます。宇宙空間ではなく、大気圏内での現象であることが一目瞭然です。流星の数は一日に何兆個にものぼり、その重さを合計すると数十トンだそうです。

千年前の女流作家、清少納言は『枕草子』にこう書いています。「星はすばる。ひこぼし。ゆふづづ。よばひ星、すこしをかし」(星といえばすばる。彦星や宵の明星もいい。流れ星も、趣がある)。「すばる」はプレアデス星団、「ひこぼし」はわし座のアルタイル、「ゆふづつ(夕星)」は金星、そして「よばひ星」とは流れ星のことです。『枕草子』の記述は、こう続きます。「尾だになからましかば、まいて」(尾がなければもっといいのに)。清少納言はなぜ、流れ星に"尾"がなければいいのにと考えたのでしょうか。

「よばひ星」の「よばふ」は、ずっと呼びかけ続けるという意味の言葉で、男性が女性の所へ隠れて会いに行くという意味もありました。そして流れ星は、魂が身体から抜け出して想い焦がれる恋人へ会いに行く姿にも例えられていました。清少納言が「流れ星に尾がなければもっといいのに」と思ったのは、「派手に尾など残してしまっては、お忍びデートが人目についちゃうわ」という乙女心なのです。

アイソン彗星は消滅してしまいましたが、9月に発見されたばかりのラブジョイ彗星にいま注目が集まりつつあります。アイが消えて、ラブが来る。いつの時代も、星空はロマンチックです。

Written by Cranberry Jam

[12.06.更新]