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ワニの涙 -Cranberry Jam-

2016年04月01日

ワニは、獲物をおびき寄せる時に涙を流す。これは伝承上でのお話しですが、この伝承が元になった英語の表現があります。それは、「Crocodile Tears(ワニの涙)」。 「嘘泣き」という意味です。

今日はエイプリルフールです。大っぴらに嘘をついても良い日なので、毎年4月1日には世界中で多くの人が楽しい嘘をつきます。FacebookやTwitterやInstagramなどで、面白おかしい嘘が飛び交うことでしょう。個人に限らず法人でも、特にネット関連企業を中心に、公式ホームページなどでも人々を楽しませる趣向を凝らした嘘をつくケースが増えています。

「嘘」と聞いて、良いイメージが浮かぶ人は少ないでしょう。嘘は、つくべきでないものとされています。しかし嘘の中には、美しい嘘もあります。

映画『ライフ・イズ・ビューティフル』の中で、主人公が息子についた嘘は、とても美しい嘘でした。舞台は第二次大戦中のドイツ。ユダヤ人である主人公グイドは、妻と息子と伴にナチスの強制収容所へ連行されます。収容所は劣悪な環境で常に死と隣り合わせ。労働力にならない子供は殺されてしまうので、ドイツ兵から幼い息子を隠さなければなりません。そこでグイドは、「これは兵隊さんから隠れるゲームだ。1位になれば戦車に乗ってお家に帰れる」と、息子を騙し続けます。その嘘は、絶望的な状況から我が子を守るための嘘です。何とかして前向きな気持ちにさせて明るい希望を与える為の嘘です。そしてその嘘は、最後に美しく昇華します。

一方で、美しくない嘘もあります。自己の利益の為に他者を欺く嘘は、美しくありません。人類の長い歴史の中で、戦いの勝者が自らに都合の良いように歴史を書き換え、敗者を悪者に仕立て上げることは、頻繁に行われてきました。かつてナポレオンはこう言いました。「歴史とは、合意の上に基づく嘘の集合である」。戦勝国によって盛んに喧伝された敗戦国による悪事は、果たしてどれほどの真実を反映しているのでしょうか。ユダヤにはこんな諺があります。「一つの嘘は嘘である。二つの嘘も嘘である。三つの嘘は政治である」

狼少年は、村人が慌てふためく様子を見るのが楽しかったから、「オオカミが来た!」と嘘をつきました。のび太くんは「宿題はもう終わった」と嘘をつくし、カツオくんは「窓ガラスを割った野球ボールは僕のじゃない」と嘘をつきます。私たち人間は、生まれながらにして嘘つきの才能を持っています。赤ちゃんはすぐに嘘泣きを覚えます。1歳で隠すことを覚え、2歳でハッタリをかけるようになり、5歳頃には公然と嘘をつきおべっかまで使います。しかし同時に、嘘を繰り返すと他人からの信頼を失うことも学びます。オオカミが来た!と何度も嘘をつくと、本当に襲われた時に信じてもらえないのです。

ピノキオは人間になりたいと思っていました。だから、「僕は人形なんかじゃない。人間なんだ」と嘘をつきました。でもピノキオは、無理して人間のフリをしなくて良かったのです。だってピノキオが人形だろうが人間だろうが、ゼペットじいさんの愛の深さは変わらないのだから。相田みつを氏はこんな詩を詠んでいます。「トマトがトマトのままでいれば本物。トマトをメロンに見せようとするから偽物になる。皆それぞれ本物なのに、骨を折って偽物になりたがる」

恋愛とは、美しい嘘を紡ぎ上げてゆく作業とも言えます。「最近シワが増えたね」なんて言うより、「目尻に出来る小ジワも愛おしい」って言う方が、恋は長続きするからです。しかし、どんな出会いにも必ず別れがあります。人間には寿命があるからです。どんなに深く愛しあう2人でも、離別の時はいずれ必ずやって来ます。それがどのような別れ方であれ、最後にはこう言われたいものです。

「あなたと出会えて本当に良かった」

たとえその時に相手が流していた涙が、ワニの涙だったとしても。

Written by Cranberry Jam

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