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アナリストコラム

ビッグディール成立 -堀部吉胤-

2008年07月25日

水曜日に東京海上ホールディングス(8766)は米国の損保会社フィラデルフィア社を約5,000億円で買収し、完全子会社化すると発表。国内金融機関による海外金融機関の買収としては過去最大となるビッグディールだ。フィラデルフィア社はNASDAQに上場しており、買収発表前日の株価は35.55ドル。買収価格は1株当り61.5ドルで73%ものプレミアムが乗っている。サブプライムローン関連の損失が大きい欧米の金融機関を、痛みの少ない日本勢が安く買い叩いたという構図では全くない。こんな聞いたこともない会社に何故5,000億円も投じるのか、というのが正直な感想だ。

フィラデルフィア社の正味収入保険料は1,600億円弱。全米には2,000を超える損保会社があり、その中では50位クラスの中堅。規模の割には税引後利益が350億円弱もあり、非常に高収益。ROEは24%と国内損保とは比較にならない高さだ(国内損保は株の含み益で自己資本が膨らんでいるためROEが低くなる面はある)。米国は非常に競争の厳しい市場でコンバインドレシオ(損害率+事業費率)は過去10年の平均で103.5%と100%を超えている。こうした中でフィラデルフィア社のコンバインドレシオは85.1%と非常に低位。損害率が低いためだ。競争の厳しい大企業や個人を避け、学校、宗教法人、NPO、地域団体、中小企業などのニッチマーケットに特化し、施設賠償責任保険などのジェネラル・ライアビリティを中心に販売。賠償責任保険というとアスベスト訴訟のようにロングテールのイメージがあるが、請求ベースの引受しかしておらず、保険期間満了後に突然、保険金の請求がくることはない。また、限度額も小額に抑えられていることが、良好な損害率の背景にある。

今後は東京海上の資本を活用し、全米でのネットワークを拡充し、規模の拡大を図るが、ニッチ戦略は継続する方針だ。問題は、高収益を維持できるかだろう。収益性の高い市場なら、ニッチであってもいずれ競争が激化するのではないかという心配が拭い切れない。のれんは約3,200億円。10年償却の予定で、現状の収益を維持できても、会計上の利益は10年間、ほとんどないことになる。発表翌日の株価は小幅高で引けた。金融不安の後退を受けた金融株の買い戻しの側面を考慮しても、本買収は特段ネガティブには捉えられなかったようだ。この買収が余りうまくいかなかったとしても東京海上の屋台骨が揺らぐ心配は全くないからかもしれないが。

閉塞感の漂う国内損保市場から踏み出して、本格的に海外展開しているのは、東京海上と三井住友海上グループホールディングス(8725)の2社だけだ。海外展開を可能にしているのは厚い余剰資本があるためで、他の会社は追随できない。詰まるところ、金融機関は資本が総てということだろう。より余剰資本の厚い東京海上は全世界での展開を志向しているのに対し、三井住友海上はアジアにフォーカスしており、現在も中国生保のM&Aを模索している。常識的に考えれば、競争が厳しい北米市場に敢えてチャレンジするよりも、成長性の高いアジアにフォーカスする方が賢明だろう。この戦略の差が徐々に両社の株価に反映されてくるのではないだろうか。

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