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アナリストコラム

MMT(財政赤字は問題ない)は一理あるが、やはり危険 -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2019年05月24日

(要旨)
・「財政赤字は問題ない」という新理論が米国で話題に
・MMT下のインフレはコントロールが難しい
・国債暴落による金利高騰リスクも
・緊縮財政とのリスクの比較が重要
・対外純資産がマイナスならMMTは厳禁
・米国は日本よりインフレ体質なのでMMTは危険
・基軸通貨が動揺するリスクを考えればMMTは避けるべき

(本文)
・「財政赤字は問題ない」という新理論が米国で話題に
最近、米国では「財政赤字は問題ない」という「Modern Monetary Theory(現代金融理論)」が話題になっているようである。民主党左派が財政支出拡大を求める際の理論的根拠としているとのことだ。

内容は、「政府による自国通貨での借金は、紙幣を印刷して返済すれば良いのだから、無限に出来る」というものである。もちろん、インフレになると困るから、インフレ抑制のために増税をする必要があるならば、それは増税すべきだが、そうでなければ財政赤字は問題ないのだ、というわけである。

伝統的な経済学理論では、「財政赤字が拡大すると、国への信用が損なわれるなどの様々な問題が生じるので、財政の節度は極めて重要だ」とされて来たわけだが、これと真っ向から対立する考え方だと言えるであろう。

そして、その論拠の一つが「日本は財政赤字を拡大し続けているが、何も問題が起きていないではないか」という事のようだ。まるで日本は、MMT理論が正しいのか否かを確かめる実験を担当しているような感じだ(笑)。

MMTに対しては、当然の事ながら伝統的な経済学から「トンデモ経済学である」といった批判が来ているが、これを反対から見れば、大物経済学者が無視していられずに批判しなければいけない程度には米国内でのMMTの議論が盛り上がっているという事であろう。

筆者は、日本の財政赤字については極端なほどの容認派であるが、それでもMMTほどではない。「財政赤字は少ない方が良いが、景気は税収という金の卵を産む鶏なので、無理に緊縮財政を焦って景気を腰折れさせるくらいなら財政赤字を容認しよう」というのが筆者の考えであって、「インフレさえ起きなければ財政赤字は全く気にする事はない」とまで考えているわけでは無いのである。

・MMT下のインフレはコントロールが難しい
もしも、「財政赤字が10%増えれば世の中に出回る紙幣の量が10%増えてインフレ率が1%高まる」というような安定的な関係があるのであれば、筆者はMMTに賛同するかもしれない。

しかし実際には、「財政赤字が拡大しても直ちにはインフレ率は高まらず、ある時人々がインフレを予想し始めると、突然にインフレになる」という可能性が高いのである。

人々がインフレを予想していない時は、人々は受け取った紙幣を銀行に預け、銀行は受け取った紙幣を中央銀行に預けるので、実際には紙幣は世の中には出回らない。

ところが一度人々がインフレを予想するようになると、銀行から預金を引き出して物を買うようになるので、銀行は中央銀行から預金を引き出し、紙幣が一気に世の中に出回る。

物の値段が上がり始めると、一層多くの人が「物価はさらに上がるだろうから、急いで買おう」と考えるようになり、インフレが急に進行してしまうのである。

中央銀行としては利上げをしたり預金準備率を引き上げたりしてインフレを抑制するであろうから、先進国でハイパーインフレになる事は無かろうが、急激な金融引き締めは経済に激震をもららす筈である。

地震のエネルギーが徐々に蓄積していき、ある時一気に解放されるのと似たような事が、財政赤字とインフレの間で起こる可能性があり、筆者はそれを恐れているのである。

・国債暴落による金利高騰リスクも
「自国通貨建ての借金は、返せなくなる事は無い」という事は、全くの事実なのであるが、問題は人々がそう考えない可能性がある事である。これも、筆者がMMTを支持しない理由である。

仮に人々が「政府が破産しそうだ」と考えたとすると、人々は政府の子会社が発行している紙幣など持っていたく無いので、紙幣を物に換えようとする。そうなれば、物価が高騰する。

この場合には、金利を引き上げても効果は薄いかも知れない。何と言っても紙くずになるかもしれない紙幣である。いくら高い金利でも銀行には預金しないであろう。

預金準備率を大幅に引き上げる事で世の中に出回る紙幣を減らそうとすれば、預金を引き出そうとする人々との間で混乱が起きかねないし、銀行が猛烈な貸し渋り(貸し剥がし)をする事で経済が大混乱するかも知れない。

これも、大地震のようなもので、可能性は非常に低いが、実際に起きた時の影響は甚大であろう。

・緊縮財政とのリスクの比較が重要
財政赤字が拡大すると、上記のようなリスクが高まりかねないことを素直に認めた上で、それでも性急な緊縮財政の方が更に危険なのか否か、という比較をする事は重要である。

景気は税収という金の卵を産む鶏であるわけで、増税で景気を殺してしまう事の影響も決して小さくないからである。

筆者は、現在の日本についてはMMTのリスクが小さい一方で、緊縮財政で景気が悪化するリスクは決して小さくないと考えているので、現状では財政赤字容認派である。

10年後には、少子高齢化による労働力不足で「増税して景気が悪化しても失業者が増えない」という状況になるであろうから、その時には緊縮財政容認派に転向する予定であるが、今は時期では無かろう。

一方、日本以外の国については、MMTのリスクが比較的大きい国もあるので、要注意である。

・対外純資産がマイナスならMMTは厳禁
対外純資産がマイナスの国は、海外投資家が国内投資家よりも逃げ足が速いことを考えると、MMTは危険である。MMTを実行することで政府債務が積み上がっていくと、海外投資家が資金を回収したくなるからだ。

ユーロ圏と米国はともかくとして、それ以外の国では外貨を借りているはずだ。仮に政府の債務が自国通貨建てであったとしても、民間部門が外貨を借りているはずだ。そうした国がMMTを実行するのは極めて危険である。

外貨の返済要請が一気に来ると、最初の返済は比較的楽でも、最初の返済のために外貨を購入することで外貨高となるので、次の返済は辛くなる。

返済を続けると、更に返済が辛くなっていき、最後は外貨が高騰して返済できなくなりかねない。少なくとも外貨高による輸入物価の高騰、輸入インフレ抑制のための厳しい金融引き締め、それによる景気の極端な悪化、等々が生じる事になるのである。

・米国は日本よりインフレ体質なのでMMTは危険
米国は外貨を借りているわけではないので、上記のような問題は生じにくいが、それでもMMTは危険である。

日本では、インフレになると買い急ぎの動きが出る一方で、「インフレで老後資産が目減りしたから倹約しよう」という動きも出るので、インフレが加速しにくいが、米国では買い急ぎの方が勝ると思われるからである。

石油ショックの時の経験などを見ると、国民性の違いもあるのだろうが、米国の方が賃金がインフレにスライドして上がりやすい、という事もありそうだ。

加えて、米国の家計は比較的多くの株を持っているので、インフレによる老後資産の目減りが少ないかも知れない。

・基軸通貨が動揺するリスクを考えればMMTは避けるべき
さらに重要なのは、米国の通貨が基軸通貨として世界中で使われている、という事である。米国でインフレになって金融の引き締めが行われると、世界中が困るのである。

日本のMMTがインフレを招いて金融が引き締められたとしても、影響は主に日本国内に止まるはずであるが、それとは事情が異なるわけだ。

そうなると問題は、米国が「自国ファースト」を貫く可能性だ。MMTの米国にとってのメリットが2、米国にとってのリスクが1、米国以外にとってのリスクが2である場合、世界経済の事を考えれば採用されるべきではないMMTが、「米国ファースト」だと採用されてしまう事になりかねないのである。

米国が、世界経済のことも考えて、MMTに慎重になってくれる事を祈るばかりである。

(5月21日発行レポートから転載)



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