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アナリストコラム

1?3月がプラス成長でも消費増税は危険 -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2019年05月31日

 (要旨)

・筆者はMMTは支持しないが、積極財政主義者
・10年待てば気楽に増税出来るのだから、それを待つ
・今後1年間で中国の情勢が急に悪化するリスクあり
・今後1年間で米国の高リスク与信が逆流するリスクあり
・今後1年間で日本の景気が後退するリスクあり
・1?3月期のプラス成長は、景気の好調を意味しない
・「消費増税と同額の景気対策」も選択肢ではあるが・・

(本文)
・筆者はMMTは支持しないが、積極財政主義者
筆者は、基本的には積極財政主義者である。もっとも、Modern Monetary Theory(現代金融理論)ほど能天気ではない。財政赤字は小さいほど良い事は疑いないからである。この点については拙稿「MMTは危険」を御参照いただきたい。

筆者の基本姿勢は、「財政赤字は小さいほど良いが、財政赤字削減のための緊縮財政が景気の腰を折ってしまう事もリスクである。財政赤字を放置する事のリスクと見比べながら、慎重に政策決定をすべきである」というものである。

そうした観点から現状を考えると、今秋に予定されている消費税の増税はタイミングが悪いので、願わくば10年、最低でも1年は待つべきだ、という結論となる。

・10年待てば気楽に増税出来るのだから、それを待つ
日本経済は、少子高齢化による労働力不足の時代を迎えつつある。現在は「景気が少し良ければすぐに労働力不足になる」という程度であるが、10年も経てば「景気が良ければ超労働力不足、景気が悪くても少しは労働力不足」という時代が来るであろう。

そうなれば、今より遥かに増税が容易になるはずである。今の増税を難しくしている要因としては、「政治家の人気取り」と並んで「増税して景気が悪化したら失業者が増えてしまう」という懸念が挙げられるが、10年経つと後者が自然と消えるからである。

もしかすると、10年後には慢性的なインフレの時代になっているかも知れない。労働力不足による賃金上昇が物価を押し上げる力として働き続けるからである。

そうなると、増税によって景気を冷やす事がインフレ対策としての意味合いを持つ事になるかもしれない。増税が財政再建とインフレ対策の一石二鳥となるかも知れないのである。

そうだとすれば、今の時点で性急に増税をする必要はないであろう。増税をしても失業が増えないような時代が来てからゆっくり増税すれば良いのだから。

とは言え、10年は待てない、という人も多いだろう。そこで仮に、10年待つという選択肢が無理だとしても、最低1年は事態の推移を見守ってから増税の可否を判断すべきだ、と筆者は考えている。

増税を強行する場合のリスクは「中国の景気減速」「米国の高リスク与信の増加」「日本の景気の先行き不透明」の3つであるが、一年待った場合のリスクは現在既に1103兆円ある国(日本国という意味ではなく、地方公共団体との対比で中央政府を国と呼んでいるもの)の借金残高が数兆円だけ追加的に拡大するだけなのだから。

・今後1年間で中国の情勢が急に悪化するリスクあり
今後1年程度の間に、中国の経済が相当大幅に悪化する可能性がある。中国は、痛みを覚悟した上で過剰債務問題に取り組み始めたが、その矢先に米国との貿易戦争(冷戦と呼ぶべきかも知れないが)が始まってしまったからである。

中国経済が過剰債務問題処理の痛みと米中貿易戦争の痛みのダブルパンチに耐えられるのか否か、見極めてから増税を判断しても決して遅くない。増税が1年遅れる事の弊害よりも、中国経済が本格的に悪化していくタイミングで消費税が増税される事の弊害の方が遥かに大きいからである。

・今後1年間で米国の高リスク与信が逆流するリスクあり
米国等で、相対的にリスクの高い与信が増えている事も、気になる点である。米国の経済は順調なように見えるが、長短金利差が極めて小さいという事は、債券市場の参加者が景気後退のリスクを感じている、という事を示唆しているわけである。

金融の世界では、皆が危ないと思うと皆が資金を引き揚げるので、本当に危なくなる、という事が頻繁に生じている。典型的なのは銀行の取り付け騒ぎであるが、与信に関しても同様である。

したがって、何らかの契機で人々が「景気後退の可能性を考えると、高リスクの与信は控えた方が良さそうだ」と考えることで、一斉に資金が引き上げられ、それが多数のデフォルトを引き起こし、それが一層多くの資金引き揚げを誘発する、といった可能性は否定できない。

そうしたリスクがある中で、日本が増税するのは危険である。少なくとも1年は事態の推移を見極めて、その上で増税の可否を判断すべきであろう。

・今後1年間で日本の景気が後退するリスクあり
年明け以降、日本の経済指標に悪い物が尾目立つようになり、景気がすでに後退しはじめたのではないか、という人が増えつつある。筆者は比較的景気強気派の方であるが、それでも自信が揺らぎつつある状態だ。

しかも、東京オリンピックに向けたインフラ整備は遠からずピークを過ぎようとしている模様だ。

景気が悪化しはじめたタイミングで消費税が増税されると、駆け込み需要の反動との相乗効果で景気の悪化幅が大きくなり、その後の景気対策も大規模化する可能性が高い。そうしたリスクを冒してまで、このタイミングで増税をする必要はないだろう。1年程度は様子を見てから判断すれば良い。

・1?3月期のプラス成長は、景気の好調を意味しない
1?3月期のGDPが発表され、実質経済成長率は前期比プラス0.5%となった。マイナスを予想していた人も多かった事から、意外感を持って受け止められ、「これで消費増税が確定か」といったコメントも散見された。

しかし、内容を見ると、決して景気の好調を意味するものでは無い。むしろ、景気に不安を抱かせる内容なのである。その理由は、輸入が大幅に減っている一方で、在庫が僅かながら増えている、という事である。

輸入が減り、その分だけ在庫も減っているのであれば、「物流に問題が生じ、輸入貨物の陸揚げが出来なかったのかも知れない」といった可能性を考えるが、そうではない。

輸入が減っていなければ、在庫が大幅に増えていたはずなのである。景気後退初期には、思ったほど売れないので作り過ぎたり輸入し過ぎたりして在庫が増える事も多い。

GDP統計上は在庫が増えるとプラス成長になるのだが、それは決して景気の好調を意味するプラス成長では無い。今回は、輸入が減っていなければ、そういう事態に陥っていた可能性も高い。

あるいは売れ行きの鈍化を予想して輸入量を抑えたのだとすれば、それもまた景気にとって明るい情報では無い。

こうした事を考えると、今次GDP統計は、消費増税を確定する要因ではなく、むしろ延期すべき要因として捉えた方が良さそうである。

・「消費増税と同額の景気対策」も選択肢ではあるが・・
消費増税をこのタイミングで撤回するのは混乱を招くので、増税は撤回しないが、増税額と同額の景気対策を実施することで景気の悪化を防ぐ、という選択肢もあり得るだろう。

しかし、そもそも軽減税率自体が複雑かつ面倒なものであるし、ポイント付与なども色々な面倒を引き起こしそうだ。そうした複雑さや面倒が更に増える可能性を考えると、一層のこと消費増税を延期する方が遥かにスッキリすると思うのだが。


(5月22日発行レポートから転載)

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