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梅の花 -Cranberry Jam-

2013年03月01日

『東風吹かば 匂い遣こせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ』
これは学問の神様、菅原道真が詠んだ歌です。突出して秀才だった道真は、あらぬ妬み嫉みを受けて讒言により失脚し、平安京から太宰府に左遷されました。紅梅殿と称された京の自邸の庭から遠く九州は大宰府の地にまで、どうか梅の花よ、その香りを届けてはくれまいかという思いを和歌に詠みました。

左遷からわずか2年後の延喜3年(903年)2月25日、道真は失意の中で病死という非業の最期を遂げます。その直後に都で疫病や天変地異が起こった為、道真の祟りだと恐れられました。「クワバラ、クワバラ」と言うのは、天候異変の時に道真の領地であった桑原にだけ雷が落ちなかったことが由来だとも言われています。そして道真の霊を鎮めるために、天神様として祀られることになりました。

そんな神社のひとつである湯島天神に、先日お参りに行きました。抜けるような青空でとても気持ちの良い日でしたが、時折気まぐれな風が吹き荒れていました。ちょうど梅祭りが催されていて、参道には所狭しと屋台が並んで賑わっています。境内には受験生らしき親子連れもいて、学問の神様にあやかろうと絵馬には合格祈願が数多く見受けられました。

境内では梅祭りのイベントで薩摩琵琶の生演奏がありました。演目は平家物語の那須与一。強風のため急遽演目を変えたとのことでした。元暦2年(1185年)2月28日、与一が平氏の扇を射抜いた日も、この日のように風が強い日だったそうです。屋島の海に陣を張った平氏の扇は、赤地に金色の日の丸。対する源氏の扇は、白地に赤い日の丸。現代でも源平合戦にちなんで運動会や歌合戦では紅白に分かれて競いますが、もしも源氏が敗れて平氏が勝っていたなら、日本の国旗は赤地に金の日の丸だったかもしれません。余談ですが原発事故後の計画停電で話題になったエヴァンゲリオンのヤシマ作戦は、屋島の合戦で与一が扇を見事射抜いたことにちなんで命名されました。

琵琶の演奏を生で聞くのは初めてでしたが、とても感銘を受けました。弦を弾き、かき鳴らし、ときには叩き、与一が弓に矢をつがえてギリギリと引き絞る場面では、なんと弦を下から上まで擦り上げて弓矢の音を表現するのです。演者は、琵琶の楽器として用意された部分以外の魅力まで最大限に引き出し、音を練り上げて平安末期の世界を創造します。されども琵琶はあくまで物語のBGM。主役は演者の語り節です。気持ちの籠った節回しにより、目を閉じると瀬戸内の屋島の海で対峙する源氏と平氏の情景が目に浮かび、義経から命を受けた与一の緊張がこちらにまで伝わってきます。その演者の表現力の豊かさたるや!アン・ハサウェイの”I dreamed a dream”に勝るとも劣らない熱演でした。

さて梅祭りの主役である梅の花は、長引く寒さのために例年より開花が遅れているようでしたが、満開の木もちらほらとあり、白やピンク色の花がキレイに咲いていました。参拝者は皆一様に、梅を眺め、天神様に手を合わせ、琵琶に耳を傾け、酒まんじゅうなどを頬張り、なんとも穏やかでのどかな春の一日です。きっと道真公も、大層ご満悦のことでしょう。
『風吹きて 匂いを乗せる 梅の花 如何でか春を 忘るべけんや』

Written by Cranberry Jam

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