■新型コロナによるインフレの可能性あり
■金融政策の舵取りは困難に
■ボトルネックによるインフレなら引き締め
■金融引き締めで景気悪化、国債暴落等々が同時発生へ
(本文)
新型コロナ不況がスタグフレーションになる可能性は皆無とは言えないので、その可能性について考察してみた。もっとも、本稿はリスクシナリオであり、筆者の予測ではないので、過度な懸念を持たずに、落ち着いてお読みいただければ幸いである。
■新型コロナによるインフレの可能性あり
新型コロナにより、生産に携わる労働者が大量に罹患して働けなくなった場合、供給力が大幅に落ち込んで需要を下回るかも知れない。そうなるとインフレになりかねない。失業した人が罹患した人の仕事を引き継げれば良いのだが、実際には難しいであろう。
国際的に食料が値上がりするリスクが懸念されている。外国人労働者に農作業を頼っている国で農業生産が落ち込んでいる、といった話も聞こえて来るし、農産物の輸出を規制する国も出始めているようである。
トラック運転手等に感染が広がると、物流が滞り、小売店の品不足から価格が上昇する、という可能性もあろう。
こうしてインフレ懸念が顕在化してくると、買い急ぎの動きが広がりかねない。それを容易にするのが大胆な金融緩和によって市場に出回っている巨額の資金、という事になろう。
こうしたインフレの可能性については、前回の拙稿「新型コロナがインフレを招く可能性を考える」を御参照いただければ幸いである。
問題は、その場合には単なるインフレではなく、不況と共存するインフレ、すなわちスタグフレーションに陥ることになる、という点にある。
■金融政策の舵取りは困難に
デフレの時にはとにかく緩和すれば良いし、単なるインフレの時には金融を引き締めれば良い。景気を冷やさないように注意しながらも、「仮に引き締め過ぎても引き締め不足よりはマシである」と考えれば良いからである。
しかし、失業とインフレが並存しているスタグフレーションの時には、金融政策の舵取りは極めて困難である。失業を減らそうと金融を緩和すればインフレが加速し、インフレを抑えようと金融を引き締めれば失業が更に増加しかねないからである。
今次局面では、更に難問が立ちはだかるかも知れない。今次局面で失業が生じるのは、外食産業等々であろうが、こうした需要は金融緩和によって喚起する事は難しいであろう。
一方で、需要があまり落ち込んでいないのは食料品関係(外食ではなく自宅で消費されるもの)であろうが、仮に食品産業の生産が落ち込んだとして食料品の価格が上昇したとしても、食料品の需要を金融引き締めで抑え込む事は容易ではなかろう。
金融を引き締める事で抑制される需要は設備投資や住宅投資や自動車購入などであって、食料品の購入ではないからである。
■ボトルネックによるインフレなら引き締め
ボトルネックの発生というリスクについて考えてみよう。たとえば運送業の労働者が大量に罹患してしまうとすれば、工場で大量に生産された物が小売店まで搬送出来ずに売れ残る事になる。そうなれば、工場は不況、小売店ではインフレが生じる事になりかねない。これもスタグフレーションである。
金融を緩和しても運送業の能力を増やす事は出来ないので、工場の不況も小売店のインフレも止まらない。では引き締めたらどうなるか。運送業の稼働上限まで小売店での消費者の需要を減らす事ができれば、インフレは止まる。
工場の不況と失業は、いずれにしても避けられないのであるから、インフレを止めるために金融を引き締める、という選択がなされる事になるのかも知れない。
■金融引き締めで景気悪化、国債暴落等々が同時発生へ
最後に、スタグフレーションが金融危機に発展する可能性についても考察しておこう。不況とインフレが共存しているならば、「とりあえず金融引き締めでインフレを抑え込み、その後に景気対策で失業を減らす」という政策が選択される可能性が高いだろう。
インフレに火がつくと抑え込むのが大変だから、失業よりインフレを先に退治しよう、と中央銀行は考えそうだから。
そうなると、倒産が増えて銀行の不良債権が増加し、銀行の収益が悪化する。加えて、金利上昇によって国債の価格が下落すると国債を大量に持っている銀行は巨額の損失を被りかねない。
銀行は、新型コロナ以前から苦しい経営環境に置かれて来たので、新型コロナによる打撃が加わると、自己資本が大幅に減少して自己資本比率規制による貸し渋りを行わざるを得ない銀行が出て来るかも知れない。
更に事態が悪化すると、銀行の倒産が噂されるようになり、銀行相互の資金貸借が止まってしまったり、銀行が自分の資金繰りを心配して貸出に慎重になるかも知れない。
以上を総合的に考えると、スタグフレーションが金融危機の引き金を引く、という可能性もリスクシナリオとして頭の片隅に置いておいた方が良さそうである。あくまでもリスクシナリオなので、過度な懸念は不要だが。
本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。
(5月8日発行レポートから転載)