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アナリストコラム

金融危機は繰り返す -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2020年04月02日

■金融危機は繰り返す
■不良債権の増加等で貸し手が疑心暗鬼に
■マスクやトイレットペーパーの騒動と類似
■借りられても金利が高いと利払い負担で倒産
■金融機関が自分の資金繰りを心配
■自己資本比率規制で貸し渋り
■公的資金の注入は政治的に難関

(本文)
■金融危機は繰り返す
古来、金融危機は何度も繰り返されて来た。最近だけでも1990年代の日本の金融危機、ほぼ同時期に発生したアジアの通貨危機、リーマン・ショックによる金融危機、ギリシャ政府の債務危機、等々が起きている。

今後についても、起きないという保障は無い。というよりも、いつか何処かで起きると考えておく方が自然であろう。

バブル崩壊により金融機関が巨額の損失を被った場合が典型的であるが、アジア通貨危機の端緒となったタイの通貨危機は対外債務が膨れ上がった事が遠因であったし、ギリシャ政府の債務危機は財政赤字の拡大が原因であった。

筆者は今次新型コロナ騒動が金融危機をもたらすと言っているわけではないが、もたらさないとも言い切れない。国によっては外出自粛で大不況が来て銀行の不良債権が膨れ上がるかも知れないし、税収の落ち込み等で財政が破綻寸前になる国があるかも知れない。欧州では巨大な銀行が破綻するという噂も流れているようである。あるいは、世界的なドル不足が基軸通貨の流動性低下を通じて金融危機を招くかも知れない。

日本について言えば、ゼロ成長とゼロ金利で銀行の基礎体力が低下している事が災いする可能性も否定出来ない(拙稿https://column.ifis.co.jp/toshicolumn/tiw-tsukasaki/113127ご参照)。

そこで、読者の頭の片隅に金融危機に関する情報を置いていただきたいと思い、本稿を記すものである。

■不良債権の増加等で貸し手が疑心暗鬼に
金融の世界は、皆が大丈夫だと思っている借り手は大丈夫で、皆が心配だと思っている借り手は危ない。それは、皆が「他の貸し手が資金を回収するかも知れないから、自分がその前に回収する必要がある」と考えて、一斉に回収に走るからである。

問題は、借り手がいかに健全であっても、多くの貸し手から一斉に返済を迫られれば資金繰りに窮して倒産してしまう、という事である。銀行の取り付け騒ぎが典型的である。

実際には、一般大衆が預金者として取り付け騒ぎに走るよりも、プロの貸し手が借り手に返済を求める方が、遥かに迅速である。それが商売なのだから、当然であるが。

返済を求められる借り手は、時により様々である。赤字が続いて債務超過になりそうな企業であったり、債務国の政府であったり、不良債権を抱える銀行であったり、借金で株を買っている投資家であったりする。

全く問題の無い借り手がデマ等で急に返済を求められて窮地に陥る事も皆無ではない。しかし一般的には「若干問題は抱えているが、まあ大丈夫だろう」と皆が安心している先が、何らかの契機で皆が不安に思い始める事で返済要請が急増して窮地に陥る、という場合が多いだろう。

■マスクやトイレットペーパーの騒動と類似
マスクが不足しているのは、人々がマスクを使うようになり、マスクの需要が増えたからであるが、「マスクが売り切れるといけないから、少し多めに買っておこう」という人が多めに買った事も一因である。

トイレットペーパーの不足は、前者の要因が無いので、後者の要因のみによるものであった。デマを信じて人々が大量に購入したので、本当に足りなくなってしまったのである。そうした事は滅多に起きないが、稀には起きるのである。

問題なのは、「トイレットペーパーは十分にあり、不足しているというのはデマだ」と考えて買わなかった人が一番悲惨な目に遭った、という事であろう。そうなると、「次からはデマが流れたらデマだとわかっていても急いで買おう」と人々が考えるようになるのである。

金融危機も、それと同じである。多くの貸し手が「あの借り手は危ない」という噂というかデマを信じて債権の回収に走れば、実際には危なくなかった借り手が危なくなる。それを知っているので、「あの借り手は健全だ」と知っている貸し手も回収に走る、というわけである。

■借りられても金利が高いと利払い負担で倒産
借り手が何とか資金を借りられたとしても、高い金利を要求されるかも知れない。そうなると、利払いが負担となって倒産する可能性が出てくる。そうなると、貸し手は「あの借り手は、今は資金繰りが何とかなっているが、遠からず利払い負担で資金不足に陥るだろう」と考えるので、一層与信に消極的になるかも知れない。

■金融機関が自分の資金繰りを心配
返済を求められるのは一般の借り手とは限らない。金融機関の場合もある。金融機関が相互不信に陥り、金融機関相互の資金貸借が滞るようになると、各金融機関は自分の資金繰りを心配するようになる。

「取り付け騒ぎに巻き込まれて倒産する事が無いように、金庫に札束を積み上げておかないと不安だ」と考えて貸出に消極的になるのである。

■自己資本比率規制で貸し渋り
中央銀行が金融機関に対して「必要資金はいくらでも貸すから安心して欲しい」と言えば、金融機関は自分の資金繰りを気にしなくなるが、今度は自己資本比率規制の制約を受けることになる。不良債権が増加して赤字に転落し、自己資本が減少してくると、自己資本比率規制によって貸出が制約されるからである。

自己資本比率規制というのは、大雑把に言えば「銀行は自己資本の12.5倍までしか貸出をしてはならない」という規制なので、自己資本が減った銀行は資金を持っていても貸出が出来ないのである。

■公的資金の注入は政治的に難関
「銀行の自己資本が足りないなら、増資をさせて政府が引き受ければ良い」というのが理屈であるが、世の中は理屈通りには行かないものだ。銀行に貸し渋りをされている中小企業が銀行を恨んでいるので、「国民の血税で銀行を助けるとはケシカラン」と反対するからだ。

実は、政府が銀行に公的資金を注入すると、一番助かるのは貸し渋りを受けなくなる中小企業なのだが、自己資本比率規制を知らない中小企業はそれに気づかずに反対してしまうのだ。

以上、金融危機についての概略を記してきたが、長くなるので、詳しい事は次回以降に数回のシリーズで記すことにする。

最後に一言。金融危機が起きるか否かはわからないが、安心材料が一つある。それは、少子高齢化で日本経済の景気の波が小さくなっているため、大不況が来ても従来の大不況より打撃が少ないだろう、という事である。詳しくは拙稿https://column.ifis.co.jp/toshicolumn/tiw-tsukasaki/115744を御参照いただきたい。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。


(3月23日発行レポートから転載)

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