(要旨)
・円は過小評価だという論者の根拠は購買力平価
・貿易収支は均衡なのに円は過小評価なのか
・長期的には少子高齢化による労働力不足で輸出減
・円高でも円安でも言い続ければいつかは当たる(笑)
(本文)
・円は過小評価だという論者の根拠は購買力平価
円は過小評価だ、という論者は少なくない。過小評価されているから、いつかは円高圧力が働いて過小評価が是正されるはずだ、というのである。
その根拠は、「購買力平価から見て、円は安すぎる」というものだ。購買力平価というのは「日本と米国の物価を等しくするような為替レート」のことで、これが「正しい為替レート」だとされているのである。
今、仮に米国のペンが1ドル、日本のペンが100円だとして、為替レートは1ドルが1000円だとしよう。米国の方が物価が高いので、米国人がドルを円に替えて日本に買い物に来るはずだ、というわけだ。
その際に発生するドル売りにより、ドルが値下がりし、ドルが正しい値段に近づいていくはずだ(円の過小評価が是正されるはずだ)、というのである。
ドルの値段を決めているのは購買力平価だけではないが、最も基本的なのは購買力平価であるから、短期的には購買力平価から乖離したとしても、いつかは戻って来るはずだ、と考える人は多いのである。
ちなみに、購買力平価の計算方法には2通りある。一つは、実際に日本と米国の個々の品目の価格を比較して、その平均が等しくなるような為替レートを計算する方法である。
今ひとつは、貿易収支が均衡していた過去のある時点の為替レートを「適正であった」とみなし、その時点からの両国の物価上昇率格差分だけ為替レートが動いているはずだ、と考えるのである。たとえば日本の物価が一定で米国の物価が2倍になったら、ドルの値段が半分になるのが「正しい」というわけだ。
いずれの方法で計算しても、今の為替レートは「正しいレート」よりも円安だという事になるので、論者たちはそう主張しているというわけだ。ちなみに、複雑な計算式を用いて「現在のレートが概ね適正だ」とするレポートも存在はしているが、本稿では取り扱わないこととしたい。
・貿易収支は均衡なのに円は過小評価なのか
論者たちの言う事が正しいとすれば、「現状は円安であるから輸出が増えて輸入が減り、貿易収支が黒字になり、それが円安を修正する力として長期的には働くはずだ」という事になる。
理屈としては、筆者も大いに納得しているのであるが、問題は「輸出が増えて輸入が減る」という現象が起きていない事である。理論と現実が乖離しているわけである。
何らかの理由で、理論通りに事が動いていないのであれば、理論の後半の「円安を修正する力が長期的には働くはずだ」という事も、起きそうにない。
おそらく「円は過小評価されているが、他の理由によって貿易黒字は拡大していない」のであろうが、「他の理由」として考えられるのは日本企業の「地産地消志向」等であろうから、容易には変化しそうもない。したがって、円安の修正も起きそうにないのだ。
・長期的には少子高齢化による労働力不足で輸出減
円が過小評価されているとしても、労働力不足で輸出産業が労働力を確保できておらず、輸出ができていない、という可能性もあろう。現状がそこまでの労働力不足なのか否かはともかくとして、今後はそうなっていく可能性が高い。
「現状の為替レートと賃金水準を前提とすれば、輸出すれば儲かるはずだ」と思っても、企業としては「労働力不足の状況で大量の労働者を確保しようとすれば、相当高い賃金を支払う必要があるかもしれない」と考えて、海外現地生産を選ぶことになるかもしれない。
あるいは「今後は労働力不足が深刻化していくであろうから、現状の為替レートと賃金で判断すべきではない」と考えて、海外現地生産を選ぶことになるかもしれない。
そうなると、「円が過小評価されていても輸出が増えない」という状況は、今後も長期間にわたって続く、あるいは一層輸出が増えにくくなる、という可能性が高いだろう。
したがって、冒頭の論者の言っている事は、正しいとは限らず、むしろ正しくない可能性の方が高いのかも知れない。
・円高でも円安でも言い続ければいつかは当たる(笑)
為替レートは、円高にも円安にも大きく振れる事がある。「美人投票」の世界であるから、理屈通りに動くとは限らず、市場参加者の思惑や噂などによって、特に合理的な説明もなされないまま大きく動く事もあるのである。
したがって、「いつかは円高になる」という可能性は相当高いはずだ。そうなった時に、冒頭の論者が「自分が予測した通りだ」と言い出す可能性がある。
一方で筆者が「論者は間違えている」と主張していると、「円高になる可能性はない」と主張しているように誤解されかねず、円高になった時に「塚崎は間違えていた」と言われかねない。
したがって、筆者としては、今からしっかり主張しておく必要がある。「円高になる可能性はある。しかし、そうなったからと言って、それは購買力平価的に円安すぎたから戻ったという事ではないはずだ」と。
(8月1日発行レポートから転載)