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アナリストコラム

米中関係は、貿易摩擦ではなく「新たな冷戦」-客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2018年11月09日

(要旨)
・喧嘩は2種類。儲けるか、相手を叩くか
・米国は中国に覇権を奪われる事を本気で心配
・経済学者より安全保障関係者の視点で動く
・国防権限法は、冷戦突入の宣言かも
・米中冷戦なら、米国の圧勝
・中国には、有効な対抗策無し
・日本の対中関係は改善中
・日本としては、慎重さが必要

(本文)
・喧嘩は2種類。儲けるか、相手を叩くか
喧嘩には、2種類ある。一つは、ガキ大将が「オモチャをよこさないと殴るぞ」と脅すもので、自分が儲かるための行為である。本当に殴ると痛いので、殴らずに利益が得られるように、相手を脅すのである。ハッタリ戦略とでも呼んでおこう。

トランプ大統領が日欧等に「関税を課す」と脅して譲歩を得ようとしているのは、これである。本当に関税を課せば米国の消費者も困るので、相手が譲歩して対米輸入を増やす等々を期待しているのである。

今一つは、相手を叩く事が目的の喧嘩である。感情的に相手が憎いという場合もあるが、相手が自分の地位を脅かそうとしている時にも、相手を叩くための喧嘩が起きる。

ワンマン社長の地位を脅かすほど副社長の派閥が力をつけてきた場合、副社長派閥を叩き潰さなければ自分の地位が危ういと感じた社長は、思い切り相手を殴るはずである。殴ると手が痛いとか殴り返されるのが嫌だとか言わないはずだ。

・米国は中国に覇権を奪われる事を本気で心配
米中関係は、第二の喧嘩だと考えるべきである。中国は、経済力を伸ばし、軍事予算も伸ばし、将来は米国を凌ぐ軍事大国となるかも知れない、といった恐怖心を米国が持ち始めている。

中国は2015年、「中国製造2025」計画を発表した。これは小平の韜光養晦(才能を隠して、内に力を蓄えるという外交・安保の方針)を撤回し、世界製造強国を目指すことを宣言したものだ。

さらに、一帯一路計画により自国の勢力範囲を拡大しようとしたり、領有権争いのある南沙諸島の暗礁を埋め立てて軍事施設を建設したりしている。こうした中国の一連の動きが、米国には脅威に感じられるのである。

しかも、ハイテク関係の技術等を米国から不正に入手して、それで米国を脅かす力を蓄えつつあるのだとすれば、これは本気で叩くしか無い、というわけである。米国は不正には厳しい国なのである。

今一つ注意を要するのは、米中対立はトランプ大統領が勝手にやっている事ではなく、米国の議会が超党派で中国叩きを念頭に置いた法律を成立させているのである。したがって、中間選挙の結果がどうであれ、トランプ大統領が万が一弾劾されるような事があったとしても、米国の基本方針は変わらない、と考えておいた方が良さそうだ。

・経済学者より安全保障関係者の視点で動く
「トランプ大統領が経済学を理解しないから関税で米国の消費者を困らせている」といった経済学者の批判を耳にするが、本件は経済学のレベルではなく、安全保障上の覇権争いのレベルで考えるべき事柄なのである。

覇権を争う冷戦という事になれば、自国の経済に痛みを生じても、相手の経済にそれ以上の痛みを生じれば、それは「勝利」であるから、安全保障の視点からは、正しい戦略となるのである。

・国防権限法は、冷戦突入の宣言かも
米国は8月13日、「国防権限法」を成立させた。これは、あたかも中国との冷戦に突入した事を宣言するような法律である。

まず、国防費を増額して過去9年間で最大とした。加えて中国を念頭に、外国の対米投資を安全保障の観点から制限できる規定を設けた。明示的に中国がリムパック(環太平洋合同軍事演習)に参加する事を禁じ、台湾への武器供与を推進する方針なども示されている。

ZTEとファーウエイという中国の大手通信機器2社については、米政府機関との契約を禁じる規定も盛り込まれている。両社は中国共産党と密接な関係を持っており、情報が漏れる事が懸念される、との事である。

余談であるが、両社に関しては、豪州や日本なども、中国への情報流出を懸念して、類似の措置を検討している模様である。

こうした流れを一層確実にしたのが、10月4日のマイク・ペンス副大統領の演説であった。東・南シナ海での中国の軍事拡大路線に対して米軍が対峙してゆく決意を示し、知的財産の侵害に対して「中国の治安当局が米国からの技術盗用の首謀者である」と批判し、ウイグル人の投獄等々も批判するなど、幅広く中国を批判し、中国との対決姿勢を鮮明にしたのである。

・米中冷戦なら、米国の圧勝
米国が本気で中国を叩き潰そうとするならば、中国には勝ち目は殆どなく、米国の圧勝となろう。米国の対中輸入は巨額であるから、これに関税を課せば中国の受ける打撃は甚大である。一方で、中国の対米輸入は遥かに少額であるから、米国の受ける打撃は遥かに軽微であろう。

米国は、中国からの輸入を国内生産に切り替える事が出来る。人件費が高いので、価格は上昇して消費者は苦しむだろうが、失業が減る効果は見込まれる。一方、中国は米国からの輸入を国内生産に振り替える事が出来ない。振り替える事が出来ないからこそ、わざわざ人件費の高い米国から輸入していたのだから。

さらには、中国製品の中には、心臓部の部品を米国製に頼っているものも多い。米国が心臓部の部品の対中輸出を禁止すると、中国企業は生産が続けられなくなるかも知れない。

さらには、米国企業は「中国に工場を作るのをやめて、他の途上国に作ろう」と考えるかもしれない。他の先進国も、対米輸出用の工場は中国以外の途上国に建てるようになるだろう。これも中国にとって大きな痛手である。

・中国には、有効な対抗策無し
中国は、対抗策を講じようと思っても、良い手が無い。たとえば関税を打ち消すような人民元安への誘導をすれば、資本逃避の動きを誘発しかねないから、怖くて実施出来ないだろう。

たとえば腹いせに米国債を売却したとしても、暴落した米国債を米国人投資家が底値で拾って漁夫の利を得るだけに終わりそうだ。売却代金を人民元に替えて本国に持ち帰ったとすれば、猛烈な人民元高になり、中国の輸出企業が困るだろう。

たとえば腹いせに中国内の米系企業に嫌がらせをするとしても、米国企業が逃げ出してしまえば、困るのは中国である。

それなら対米協調路線を模索しよう、「中国製造2025計画を撤回して覇権を目指さない」、と宣言しよう、という事ならば、米国は納得するだろうが、メンツの国の中国が米国に白旗を掲げるとも思われないし、そんな事をしたら周主席の失策とみなされて国内の権力闘争が激化してしまうかも知れないからである。

それ以外の妥協では、米国は納得しないだろう。「米国からの輸入を増やす」といった経済面での妥協では米国は納得しない。米中は冷戦中なのであるから、覇権争いという安全保障上の妥協でなければ、引き下がらないのである。

つまり、中国経済は相当痛む可能性が高い、という事である。タイミング悪く、中国の国内事情としても巨額の隠れ不良債権の問題が深刻化しつつあるようだ。

中国にとっての最悪は、経済の混乱の責任を問う声が高まって中国国内の権力闘争が激化し、資本逃避が発生したり、富裕層や知識層の国外移住が増えたりする事であろう。そうなれば、中国経済が中長期的にも大きなダメージを受ける事になるからである。

米国が、そこまで中国を追い詰めるつもりになれば、出来るかも知れない。そうなれば、米国の覇権は中長期的にも安泰となるだろう。米国が、本気でそこまで中国を叩くつもりか否かは不明だが。

・日本の対中関係は改善中
中国は、対米関係が悪化すると対日関係の改善に動いてきた。二正面作戦は辛いと考えたのであろうし、日本から技術や投資を呼び込もうと考えたのであろうし、もしかすると日米が一致して中国叩きをするのを防ごうとしているのかも知れない。

これに対し日本側は、中国が反日的な言動を控えている事に安堵し、日中友好ムードに乗ろうとしているように見える。民間企業は中国への投資を積極化しようとしているようだ。政府も、対中協力を推進する意向のようだ。

・日本としては、慎重さが必要
一般論としては、日中両国の政府や産業界が仲良くする事は望ましい事であるが、筆者は二つのリスクを懸念している。

一つは、中国経済が本格的にダメージを受ける可能性である。進出した日本企業が需要低迷で撤退する可能性もあるだろう。

今一つは、米国から「敵に塩を送る行為」と見なされる可能性である。民間企業は同盟国の意向と無関係に行動するのかも知れないが、「中国に投資した企業は米国内で嫌がらせをされる」といった可能性は考えておく必要があろう。

日本政府については、日米関係が非常に良好であることから、当然に日中関係についても米国と相談しながら事を進めていると信じているが、くれぐれも慎重な対応が望まれるところである。

(11月1日発行レポートから転載)


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