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アナリストコラム

株価は景気の先行指標だが、それでも景気は回復する -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2016年07月08日

(要旨)
株価が軟調だが、これは景気が悪化することを意味するものでは無い。株価は景気の先行指標であるが、これは株価下落が景気を悪化させるという因果関係を意味するものではないからである。

投資家が景気悪化を予想して株を売る場合、株価は景気に先行する。こうしたケースが多いため、株価が景気に先行するのであるが、今回は事情が異なる。

景気の専門家たちは、景気の回復が続くと見ている。したがって、投資家たちが景気悪化を予想して株を売っているとは考えにくい。

筆者も、景気は回復を続けると考えている。その主因は省力化投資である。労働力不足が本格化しつつあるので、企業が久しぶりに省力化投資を本格化させると考えているのである。


(本文)

株価が軟調に推移していて、16日の東京市場も大幅な下落となった。株価は景気の先行指標と言われているが、景気は悪くなるのであろうか?「株価も下がっているし、景気は悪いんだろう」などと考えている人も多いかもしれない。今回は、景気と株価の関係について考えてみよう。

■株価は内閣府の景気先行指数の計算に使われている
景気先行指数を発表している内閣府は、指数を計算する際に、株価の動きも利用している。ということは、内閣府も「株価が動くと、その後から景気が動く場合が多い」と認めているのであろう。それは、筆者も認めるところである。

株式市場の投資家が、景気が悪化すると予想し、その予想が当たったとする。投資家たちは直ちに株を売るので直ちに株価が下がるが、景気が悪化するのはその後であるから、株価の動きが景気に先行した事になる。つまり、投資家たちの景気予想が5割以上の確率で当たるならば、株価は景気の先行指標となり得る、というわけである。

日銀が金融を思い切って引き締めたとする。金利は高騰し、株式市場に廻る資金も減るから、株価は直ちに下落する。一方で、景気は日銀が金融を引き締めてからしばらくして悪化するので、この場合にも株価は景気の先行指標となり得る。

米国でリーマン・ショックのような事件が起きたとき、日本の株価もただちに暴落するが、日本の景気が悪化するのは米国向けの輸出が激減してからであるから、しばらく後になる。この場合にも、株価は景気の先行指標となり得る。

■株価が景気を動かすわけではない
しかし、ここで重要なことは、株価が景気を動かしているわけではない、ということである。せいぜい、大量の株を持っている富裕層が贅沢を控えるようになるとか、株価の下落を見て「景気が悪くなりそうだ」と考えた庶民が少しだけ倹約する、といった程度であろう。日本は家計の株式保有が少ないので、株価が下がっても実損を被る人は多くないはずで、景気への影響も小さいはずである。

株価が景気より先に動く場合でも、因果関係として景気が原因であったり(投資家が景気を予想)、他に原因があったり(日銀の引き締めやリーマン・ショックなど)するのである。

もしも株価が景気を動かしているのであれば、景気を予想する時には株価をしっかり見ておく必要があるのであるが、景気予測の専門家の中で、株価に注目している人は決して多くないと思われる。

■景気の専門家は景気悪化を予想せず
景気の専門家たちの見方を知るための手段としては、内閣府の月例経済報告、日銀の展望レポート、ESPフォーキャスト調査を見るのが手っ取り早い方法であるが、いずれを見ても、景気は緩やかな回復・拡大を続けるだろうと言っている。つまり、景気の専門家たちは、「株価が下がっているが、景気は悪化しないだろう」と考えているわけである。

株式市場の投資家が景気予測の専門家よりも景気の予測に秀でているとも思われない。もしもそうなら、景気予測の専門家は大量失職しているはずであるから。したがって、ここでは景気は拡大を続けると信じておこう。

では、なぜ株価は下落しているのであろうか?筆者は株価のことは全く詳しくないので、よくわからないが、特に説得的な説明は聞こえて来ていないようである。

年初来の世界同時株安も、不思議な現象であった。「ドイツ銀行が破産する」という噂などで世界の株価が下がったのであるが、当のドイツ銀行では取付け騒ぎが起きたわけでも無いようである。

昨今の日本株は、欧州の株式以上に冴えない動きとなっている。ドイツはともかく、英国のEU離脱で欧州経済が大打撃を被るといった理由で株価が下がっているのだとすれば、欧州株の方が日本株よりも大きく下落するはずであるが、そうでもない。

もしかすると、日本株の投資家たちが、噂や思惑などで「騒ぎ過ぎている」だけなのかも知れない。筆者は株価のことはわからないので、株価のことは市場参加者に御任せして、株価に惑わされずに淡々と景気予測に励むこととする。その際に、スタート台となるのは、「景気予測の専門家たちは、景気の緩やかな回復・拡大を予想している」ということである。専門家達の見解に異論を唱える特段の材料があれば別であるが、そうでない以上は、「景気は緩やかな拡大を続ける」と考えておくべきであろう。

■省力化の設備投資に期待
専門家たちは、景気が回復を続ける理由をそれぞれ考えているようであるが、以下では筆者なりの理由を述べることにする。

まず、基本認識として、景気というのは、一度良い方向に向かうと、そのまま回復していく性質がある。「物が売れるから作る、そのために人を雇うので雇われた人が給料をもらって物を買う」「景気回復で企業収益が良くなると、企業が設備投資を積極化し、銀行も設備資金の融資に前向きになる」「景気が良いと税収が増えるので地方公共団体の歳出が増える」等々である。

したがって、外から景気を悪化させる力が働けば別であるが、そうでなければ景気は回復を続けると考えるべきなのである。今次局面においては、政府日銀がインフレ予防のため景気を押さえ込む事はあり得ないので、リーマン・ショックのような海外発の要因だけを考えておけば良い。

海外経済については、米国は比較的順調に見える。欧州も、大きな問題は無さそうである。中国は様々な不確定要因はあるものの、今のところは共産党政権が比較的上手くコントロールして大きな崩れは生じておらず、今後についても日本経済に大きな悪影響を及ぼす可能性は少ないと期待している。

では、具体的に今次局面において、国内経済の景気回復を主導するのは何であろうか。消費には力強さが見られないが、雇用者の数が増えているので雇用者の所得は全体として増えており、消費も次第に増加してくると期待される。輸出も、為替レートにもよるが、さすがに円高期に計画された工場の海外移転の影響は一巡しているであろうから、今後は少しずつ増加してくるであろう。

筆者がもっとも期待しているのは、省力化の設備投資である。バブル崩壊後の日本企業は省力化投資をほとんど行なってこなかった。失業者が多く、安い労働力が容易に手にはいったからである。つまり、日本経済には「少し省力化投資を行なえば、大幅に労働力が節約できる余地」が至るところに存在しているということになる。

そうした中で、労働力不足がいよいよ本格化して来たわけである。企業には充分な資金もあるし、銀行も積極的であるから資金面の制約も緩い。そうなれば、そろそろ省力化投資が本格化してくる条件が整って来たと期待しているのだが、如何であろうか。

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