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アナリストコラム

アベノミクスで株価が上がった不思議 -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2016年07月01日

(要旨)
アベノミクスによる金融緩和は、資金が世の中に出回らなかったため、消費者物価を引き上げる事が出来なかったが、株価は大幅に上昇した。
「日銀が金融緩和をすれば株価が上がる」と信じた投資家が株を買ったからであり、信じていない投資家も、信じている投資家が買っているのを見て株を買ったからである。
ゼロ金利下の金融緩和は、本来効果のない政策であったが、結果として景気を回復させたのであるから、「偽薬効果」があったと高く評価すべきであろう。

(本文)

アベノミクスでは、大胆な金融緩和で世の中に資金が出回り、それが物価や株価を押し上げる、という触れ込みであったが、実際には資金は世の中に出回わらず、物価も上がらなかった。それでも株価やドルは値上がりした。今回は、その理由を考えてみよう。

■黒田日銀総裁は金融緩和による株高を期待
黒田日銀総裁は、大胆な金融緩和によって世の中に大量の資金が出回れば、世の中に出回っている株券の数と資金の量の比率が変化するので、相対的に希少となる株券の価値が上がって株価が上がる、と考えていたようである。八百屋のカブについては前回論じたが、証券会社の株についても同じことを考えていたわけである。

前回記したように、筆者は黒田日銀総裁が間違えていると思っていた。金融緩和をしても、世の中に資金は出回らないと考えていたのである。従って、八百屋のカブが値上がりしないことは正しく予想していた。そして、証券会社の株も値上がりしないだろうと考えていた。

しかし実際には、カブは値上がりしなかったのに、株は値上がりしたのである。何が起きたのであろうか?

■黒田信者が株を買った
黒田日銀総裁と同じ考えの投資家は大勢いる。仮に「黒田信者」と呼ぼう。彼等は、「日銀が大胆な金融緩和をするから、世の中に大量の資金が流れ出て、カブも株も値上がりするだろう」「しかし、カブは来年食べる分を買って保存するわけにいかないから、買わない」「株は、すぐに買って来年まで持っていて、値上がりしたら売ろう」と考えたわけである。

多くの黒田信者が株を買ったので、株価は上がった。従って、多くの黒田信者たちは株価の値上がり益を得たのである。実際には世の中に資金は出回らなかったので、「株価は上がるべきではない」と考えた筆者の方が正しかったのであるが、黒田信者は誤った信念に基づいて行動して利益を得たのである。

■美人投票なので、筆者も株を買った
筆者は、「世の中に資金が出回るはずが無いので、株価が上がるのは理屈上おかしい」とは思っていたが、一方で「多くの黒田信者たちが株式の買い注文という不合理な行動に出ている。ケインズの美人投票論によれば、自分が正しいと思ったことよりも他の人々が実際に行っていることを真似した方が利益を得られるだろう」とも考えた。

そこで、筆者(及び、筆者と同じような考えを持った投資家たち)は株を買った。「黒田信者たちが買うより前に買い注文を出そう」と考えたのである。

結果として、「世の中に資金は出回らなかったのに、黒田信者もそれ以外も投資家全員が株の買い注文を出したので、株価が大幅に上昇した」のである。

ドルについても、株と全く同じことが起きた。黒田信者がドルを買い、それを見た筆者たちもドルを買い、結果としてドルも大幅に値上がりしたのである。

■景気が回復したのは偽薬効果のおかげ
株とドルが大幅に値上がりしたため、景気が回復した。これは素晴らしいことである。黒田日銀総裁は、インフレ目標こそ未達であったが、景気が回復したのであるから、目的を達したと言っても良いであろう。もっとも、これをどう評価するかは、様々な考え方があるようである。

筆者はこれを「偽薬効果」と呼んでいる。医者が「高価な薬だ」と言って患者に小麦粉を渡すと、患者の病が治る事があるそうである。「病は気から」であるから。これを偽薬効果と呼んでいる。これと同じことが今回の金融緩和で起きた、というわけである。

金融を緩和しても資金が世の中に出回らなかったのであるから、金融緩和は有効な対策ではなかったわけである。つまり、黒田日銀総裁が薬だと思い、薬だと言って患者に渡したものが、実は小麦粉だったのである。しかし、偽薬効果で患者が元気になったのである。「結果よければすべて良し」であるから、黒田日銀総裁は名医であったと言えよう。

ちなみに、前任者の白川日銀総裁も、黒田日銀総裁ほどではないが、ゼロ金利下でそこそこ大胆な金融緩和を行なっていた。黒田日銀総裁は、その規模を拡大しただけである。それなのに、前任者の時は効かずに黒田日銀総裁になってから急に効果が表れたのである。考えられる理由は一つしか無い。

白川氏は「ゼロ金利下で金融を緩和しても効果があるはずが無い。まあ、皆さんがやれと言うならやりますが」と言いながら緩和をしていた。「小麦粉だから、飲んでも毒にも薬にもならないよ」と言って渡していたわけである。これでは偽薬効果が出るはずはない。

黒田氏になってから、「これは素晴らしい薬だ」といって小麦粉を従来の何倍かの分量で患者に与えたところ、見事に病気が治った、ということだったわけである。

(経済初心者向け解説)

■株価の決まり方の基本
株の値段は、売り注文と買い注文の数が同じになるように決まる。買い注文の方が多ければ、株価は今の値段に止まっていないで上がっていくからである。これは、経済学の最も重要な考え方の一つであり、経済学の言葉で「価格は需要と供給が等しくなるように決まる」と表現する。問題は、株式の買い注文と売り注文の数がどのように決まるのか、ということである。

株価の決まり方の一番の基本は、「株を買って配当をもらうのと銀行に預金して(または国債に投資して)金利をもらうのと、どちらが得だろう」と考えて、どちらが得かわからないように決まる、という事である。

「どちらが得かわからないように値段が決まる」というのは、経済や金融の世界では、非常に重要なことである。たとえば株を買って配当をもらう方が絶対に有利ならば、皆が貯金をおろして株を買うので、株の需要が供給よりも多くなり、株の値段は上がっていく。これを逆から見れば、今の値段で落ち着いているということは、需要と供給が一致している、すなわち株を買うのと預金をするのと、どちらかが一方的に有利だというわけではない、ということである。

最近では、銀行預金をしても金利はほとんどもらえない。一方で株式投資をすれば、そこそこの配当がもらえる。しかし、株式投資をすると株価が下がって損をする可能性があるので、それを考えると株を買うべきかどうか迷ってしまう、という人が多いのである。そこで、今の値段で需要と供給が一致している、というわけである。

この考え方から「株価が割高か割安かの見当をつけよう」という試みが、PERと言われるものである。これは、株価と企業の利益を比べて、「利益の割に株価が高過ぎる」といった議論の材料にするのである。利益と配当は異なるが、配当されなかった利益も、将来いつかは配当されるだろう、と考えれば、それほど的外れとは言えない。

一株あたり純資産も、株価を決める一つの要素である。株式会社が解散する時には、株主には一株当たり純資産が分配されるので、株価が一株当たり純資産より低いということは、株価が会社の解散価値より低いということになる。これは、よほどの事情が無い限り、不自然である。

というわけで、株価が一株当たり純資産の何倍であるか、という値(PBRと呼ぶ)も、株式投資に際しては参考とされるのである。

■ケインズの美人投票って何?
株価の理屈は以上であるが、短期的な株価の動きは、それでは説明できない。それを説明したのが経済学者ケインズである。「株価は美人投票のようなものだ」と言ったのだが、これを聞いても何のことだかわからない筈である。

今の美人投票は、審査員が「美人」に投票し、最多得票者がトロフィーをもらう、というものだが、ケインズ当時の美人投票はチョッと違ったのである。審査員が「美人」に投票し、最多得票者がトロフィーをもらうとともに、優勝者に投票した審査員も商品がもらえたのである。

その違いは大きなものがある。筆者が審査員だとしよう。筆者はA子が美人だと思っているが、A子が登場した時は、審査員席は静かであった。筆者はB子は美人ではないと思うが、B子が登場した時には審査員席の大勢が拍手をした。今の美人投票なら筆者はA子に投票するが、ケインズ時代の美人投票なら私はB子に投票する。商品が欲しいからである(笑)。

株式市場がこれと似ているということは、「皆が上がると思うと皆が買い注文を出すので実際に上がる」ということであり、更にいれば「他の投資家が買いそうなものは、値上がりするだろうから先に買っておこう、と皆が思うので、その株は実際に値上がりする」ということになる。そうなると、「値上がりしそうだ」という噂が流れた株は実際に値上がりすることになるのである。

長期的にみれば、「たいした株ではないから、値上がりし過ぎた分は下がるだろうう」ということに人々が気づき、株価が適正水準に戻るわけであるが、短期的には株価は噂や思惑によって、「正しい水準」から大きくかけ離れる場合がある、ということをケインズは説明しているのである。

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