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アナリストコラム

スマートフォンで存在感を示せない日本企業 —鈴木 崇生—

2010年06月25日

iPhone4が発売された。行列の出来た店も中にはある模様だ。話題性はiPhone4が勝ると見られ陰に隠れるような形となっているが、KDDIからはISO2が発売され、KDDIのスマートフォンに対する言説が記事となった。4月にNTTドコモから発売されたXperiaは販売台数でiPhoneと肩を並べるなど、スマートフォンへの関心がメディア、ユーザーともに高まっているように感じられる。それは全世界的にスマートフォンが売れており、市場の拡大が期待されているからだろう。ABI Researchによれば、2010年1-3月にスマートフォンは世界で5,500万台売れている。IDCによれば、同時期のスマートフォンは前年同期比で+56.7%売れたという。

いまでこそiPhoneは販売台数トップなど話題性のある端末となっているが、最初から国内がこのような状況にあったわけではない。国内外で異なる周波数の問題、購入金額の高さなどから出足は決して良くはなかった。
そもそも日本ではiPhoneが普及しないと見られていた背景の1つには性能がある。ガラパゴスといわれもする日本の携帯電話は世界の中で遅れているのではなく、むしろ先んじている存在といえよう。
iPhoneは米国を中心として海外で爆発的な普及を見せ、そのトレンドは日本を巻き込んで続いている。海外ではEメールという概念すら薄いはずだ(SMSが主流である)。日本では目新しさが乏しいと映ったこの機器は、海外では魅力的な端末に映ったと考えられる。

日本の携帯電話端末が海外で売れているとは言い難い。日本独自の通信方式であるPDCが長らく使われたことも理由の1つかもしれないが、より重要なのは経営の視線だろう。携帯電話端末は国内市場の成長、販売奨励金モデルによる携帯電話キャリアの後押しがあり機能を高めてきた。しかし、このモデルに依存しすぎて普及率100%後の策がおろそかになった。その結果、海外における市場シェアは低い。
生産コストも日本の携帯電話端末メーカーは太刀打ちできない状況となっている。アーキテクチャをアメリカが握り、生産をアジアが請け負う製造の構造になったのが1990年代。安い人件費が日本以外のアジアで魅力的になったとき、製品という上流、部材という下流どちらにも存在感を示せなかったいまの日本のものづくりの苦境が携帯電話端末メーカーへもついに押し寄せてきた。販売奨励金モデルが守ってくれたためにこれまでは存続しえたが、そのモデルは既に崩壊した。
世界銀行の統計によれば、およそ20−30%の人口で所得の90%は占められる。多くの人にとって、高機能で相応に高い日本の携帯電話は必要がない(買うことすら無理かもしれない)。業界再編と生産体制を再構築している間に、海外勢にスマートフォンの市場は奪われてしまうだろう。

その事業再編では富士通と東芝が事業を統合することで合意した。正直な話、富士通はむしろ事業から撤退する側と考えていただけに意外であった。と同時に、Symbian OSを切り離す動きが見えないあたり、NTTドコモに依存しながら東芝から取得したKDDIへの販売ルートとWindowsMobileを活用したスマートフォン展開を模索、という1+1=2の構図が見えてダイナミックさに欠ける印象を受ける。そもそも、両社を足しても世界シェアは良くて1%、現状のまま世界に太刀打ちできるとは思われない。

周波数の再編により全世界へ向けて1台の共通な携帯電話端末を売ることが出来る可能性があるものの、日本の携帯電話端末メーカーが世界で示せる存在感はこれからもほとんどないのではなかろうか。

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