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アナリストコラム

日本は”円高”から自力で脱出はできないのか!? −藤根 靖晃−

2010年06月04日


円高は何故起こるのだろうか?
為替レート決定は教科書的には資金決済需要、金利(インフレ率)裁定、国際収支の不均衡、購買力平価説、フロー・アプローチ、アセット・アプローチなどが書かれている。近年は実質金利格差が影響力を持っているようだが、どれか一つが決定的な説明要因とはなっていない。
日本は”為替”に対する政策の存在しない国である。これまで米国の意向に振り回されてきた。近年は国力が衰えているにもかかわらず、円高が進んだことによって産業経済の上での”歪み”が目立ってきた。

円高は企業の輸出採算を悪化させると同時に、労働力をも含む国内の製造コストの相対的上昇から製造業の海外移転を加速させる。所謂産業の”空洞化”である。過去の円高局面においては、中国は東側経済圏にあり、東南アジアも政情不安定で労働者の質の面でも日本より劣っていた。こうした防波堤が現在には見られず、円高(加えて国内の規制や税制)は生産拠点の流失に結びつき易くなっている。
そこで失われた雇用機会を他の産業が吸収することが出来るのであれば問題が無いのだが、IT・金融ともに遅れをとり、新産業の創出がままならない中で、労働・スキルのミスマッチから失業者は拡大してゆく。ホワイトカラーの職場もインターネットの普及による組織のフラット化と中間業者の不要化によって職場が少なくなりつつある。

高度な専門知識を要する業務と介護や農業といった3K業種では依然として人材不足が続いているが、日本国内からは単純業務と中途半端な知識労働が消えつつある。人的資産の再構築には長い時間を必要とするのであれば、製造業の職場が日本からこれ以上急激に失われないための改革が必要である。以前にも書いたが、法人税率引き下げを含む税制改革、雇用流動化に向けた労働法制の改革(正社員の過剰保護)、FTA推進などはマッタなしの状態ではないだろうか。

さて、円高の継続はデフレを通じて日本の実質金利を押し上げる。さらに、リーマンショック以降に欧米の金利水準が引き下げられたことから2006年頃のように内外金利差拡大による円安は起こらない。
輸出頼みの景気回復期待が続くが、累積経常収支(黒字)拡大もまた円高要因となる。

米国をはじめとした諸外国の景気回復とそれに付随した金利上昇期待が高まるまで円安トレンドは生じない。地方債も含めて1,348兆円(国民1人当り1,078万円)にも達した財政赤字をさらに膨らませて沈む時を待つばかりである。
日本の国債(地方債を含む)の殆どは日本国内で消化されているのでギリシアのような問題は起こらないという議論もある。例えそうだとしても個人金融資産1,500兆円とするならば底を尽くのもそんなに遠い日ではないだろう。

財政支出の拡大は、国債発行圧力による金利上昇(あるいは期待)によって一時的に円高要因になると教科書には書かれている(ただし、一時的なものであると)。
実際、98年の宮沢蔵相時代の赤字国債の大量発行時(140円台→100円台)、小泉首相退任後のプライマリーバランス均衡化の断念並びに直近の民主党政策による財政赤字拡大時(120円→90円:これはサブプライムショック、リーマンショック、ユーロ危機が原因と一般的には理解されている)には為替レートは円高に振れている。

財政赤字と累積経常収支拡大との因果関係については、国債発行によって民間の預貯金を吸い上げているとしか言えないものの、海外に還流されない資金として固定化される。
財政赤字の拡大が円高の(一つの)要因となっているのであれば、円高→失業増→税収減・国の補償負担増加→財政出動(赤字拡大)→円高、という負のスパイラルを描いている可能性も考えられるのではないか? 国全体としては生活防衛のための預貯金が赤字国債の原資となってばら撒き行政が行われ、さらに不安を駆り立てているのではないだろうか?

近年、累積経常収支の変化に対する為替レートへの影響は低下していると言われている。その結果なのか、国際収支に関する研究書籍は2000年以降殆ど発売されていない(最近はFX投資家向けの入門書が多いようですが)。

日本は”為替”に対する政策がないと書いたが、産業・経済・社会に大きな混乱を齎している以上、無視すべきではない。その結果、財政政策はもちろんのこと、国の在り方(大きい政府・小さい政府)についての議論にも影響を及ぼす可能性も考えられる。是非、同分野の研究が政府ならびに専門分析機関、大学等で再び活発化されることを希求したい。

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