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アナリストコラム

新興国の台頭と車づくりの潮流の変化 −高田 悟−

2010年05月28日

PC市場でインターネットやメイルに機能を絞ったネットブックが大流行した。基本機能を備え超廉価であることがユーザーに支持されノートPC購入時の選択肢として定着した。普及の直接的背景はハードウェアの性能向上に加えインターネット上でコンピュータ処理やデータ保管などの大半が可能となったことによる。直接繋がりはないが発展途上国で教育普及を主眼とした「100ドルPC」導入の動きが安価なインターネット端末を求める機運を高めネットブック出現の端緒になったと言われる。ネットブック普及は途上国向け発想と先進国技術が結びついて新たなグローバル市場が誕生したケースとして注目できよう。

家電製品と異なり自動車は過酷な環境下での使用が宿命だ。安全性や耐久性と引き換えに安易に機能を落とせるものではない。とはいえ、コンピュータの進化、IT技術活用により必要以上にスペックが高まったと言えなくもない。機械的に制御してきた様々な機能を電子制御化することで「走る・曲がる・止まる」という基本機能の高度化が進み、「安全」、「安心」、「快適」という領域で新たな価値をドライバーに提供している。ただし、高機能、高性能化はシステムの複雑化と裏腹で諸刃の剣でもある。トヨタ「プリウス」のABS不具合問題の背景の一つに電子制御システムの複雑化があったとも言われる。ものづくりの世界からは離れるが損害保険業界では安心感を高めるはずであった多様な特約開発が商品複雑化と管理負担の増加を招き保険金不払い問題と顧客不信に繋がった。その後、商品企画の考えは「シンプルでわかり易い」へ大きく変わった。

2010年3月期の上場自動車・自動車部品企業の決算発表が峠を越えた。危機下での大掛かりなリストラと新興国需要の戻りで前期の大幅減益からV字回復を遂げた先が多い。昨年は大幅減収を受けコスト構造改革による損益分岐点の低下が各社の最優先課題となった。今年の決算発表では僅か一年余りで抑えてきた前向きな投資を再開し、将来の成長戦略を示す企業が増えたことが喜ばしい。こうした中、各社戦略に共通する特徴の一つは「ダブルスタンダード」の導入だ。先進市場での車やその部品づくりでは従来通り高品質、高付加価値を追及する一方、新興国ではほどほどのスペックと品質、そして廉価なものを供給するという考えである。

リーマンショック後の先進国自動車市場沈下と「ナノ」ショックが車づくりを大きく変えつつある。ドアミラーは片側のみなど仕様・装備をできる限り簡素化し、部品の現地調達率を上げ低コストを実現したタタ自動車の「ナノ」がインド市場で受け入れられたことの意味は大きい。今後は新興国の台頭とともに高性能追求一辺倒からシンプルでほどほどの車づくりが主流になっていく可能性がある。若者を中心に車離れが進み、自動車保有への考え方が多様化する先進国市場でも新興国発の車がネットブックのように一定の市場を築くかもしれない。ハイエンドで勝負してきた日本勢にとり新興国標準の車やその部品づくりへ対応し収益を上げていくことはタフな試練になると考えられる。しかし、待ったなしだ。新興国ボリュームゾーンを押さえることは次のフロンティア市場開拓にも繋がる。こうしたものづくりの潮流の変化に柔軟に対応できたものが明日の覇者になっているような気がしてならない。

(日刊自動車新聞5月24日付掲載) 

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