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アナリストコラム

商品の安全性と、企業の収益性は両立し得ないのか?企業の信(真)頼性?  -岸 和夫-

2010年03月12日

世界最強メーカーの名を欲しいままにしてきたトヨタだが、大量リコールに揺れ、世界的な大問題となっている。

企業が提供する商品・サービス等で、人間の生命を脅かしたり、健康や自然・環境を損なう可能性のある商品・サービス等に対しては、当然安全性等が最重要視されてしかるべきであろう。そうは言うものの、ユーザーや消費者サイドも、事件・事故等で話題にならなければ、普段あまり意識していないことが多いようにも思われるが。

安全性と収益性という観点から、過去の事件を思い出してみよう。
一番わかりやすいのは、医薬品に関する副作用、死亡事故の例である。強烈な印象があるのは、1980年代にミドリ十字(98年に吉冨製薬に救済合併)のエイズ薬害問題で話題となった非加熱製剤タイプの人工血液製剤である。人工血液製剤の製造承認申請の際に、厚生省(当時)に提出したデータに改竄の跡があり、その調査過程で瀕死の女性患者に、人工血液を未承認のまま投与するという人体実験をしていたことが明らかにされている。
非加熱製剤タイプよりも安全とされる加熱製剤タイプの人工血液製剤が開発されたものの、2年以上も製造承認されず、問題となった非加熱製剤タイプの使用が続けられていた等から、問題の原因として当時の政・財・官の癒着構造も指摘されている。

食品に関して記憶に新しいところでは、2008年の中国製餃子の冷凍食品による食中毒発生がある。中国製餃子は安価であり、大手メーカーも取扱っていたことから、消費者も信頼して購入したのであろう。安価という側面が重要視され、安全性という側面は軽視されていたことは否めないだろう。この事件により、JT、日清食品、加ト吉の冷凍食品事業の統合は白紙を余儀なくされている。

飛行機事故では、1960年代から80年代にかけて、日航機の墜落事故等が内外で相次いで発生している。なかでも日本人にとって衝撃が大きかったのは、85年に群馬県多野郡上野村の山中に墜落した日航ジャンボ機墜落事故と、逆噴射が当時流行語にもなった82年の日本航空羽田空港沖墜落事故であろう。
特に85年の日航ジャンボ機墜落事故は、搭乗していた520名の方が亡くなられるというかつて例を見ない大惨事であった。原因はボーイング社の修理ミスと言われてもいるが、当時日本航空の現場の整備体制が整っておらず、更に操縦士養成訓練が不十分であったとの指摘もされていた状況下で、会社側がジャンボ機の導入を積極的に進め、強力に収益優先の路線を貫いていたことが、結果として事故を引き起こしたのではないかとも言われている。

さて今回のトヨタのリコール問題であるが、北米市場で圧倒的な収益を誇っていた同社が、リーマンショックの影響により大打撃を受け、あのトヨタが、まさかというほど収益が悪化したことと無縁ではないように思われるのだが。真相は明確ではないが、収益回復を急ぐ余り発生したのではと勘ぐられても仕方ないであろう。

収益向上のためのコストダウンとは本来、安全性等を含む品質を低下させることなく(品質が向上する場合も少なくない)、コストを低減させるということのはずである。コスト低下に伴い品質も低下しているのであれば、当然それはコストダウンとは言わない。

企業及び経営者が、この安全性等に関わる費用を、どう考えているのかが重要だと思うのだが。例えば単なる製造コストと捉えているのか、それとも事故や問題を起こさないための一種の保険料のようなものとして意識しているのか等で、大きく違ってくるのではないだろうか。昨今の二酸化炭素の排出削減の問題についても同様である。

コストダウンを推進するのは、かなりの企業努力を要するし、場合によっては想定以上の無理、負担を強いられることも避けられないだろう。それを克服しコストダウンを実現していく企業は評価すべきであると思う。しかし安全性等を軽視し、収益最優先という姿勢が根底にあるとしたら、上場は言うに及ばず、存在そのものが否定されるべきであろう。
あらためて言うまでもないことだが、企業が収益を追求することは当然であると同時に社会的な責任・役割等を果たすことで、その企業に対する信頼が生まれるのではないか。

不況でもあり、私も含めアナリスト側も、コストダウンさえ進んでいれば、それで良しと判断する傾向が強まっているとすれば、それはそれでもう1度考えてみることも必要ではないだろうか。

日本代表企業であるトヨタの誠意ある回復を望むとともに、今回のトヨタ問題を、ぜひ対岸の火事としないようにしたいものである。    
(悩めるアナリストより IN 九段下)

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