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アナリストコラム

キリンとサントリーの統合交渉の行方に注目 -坪井 信行-

2010年01月29日

キリンとサントリーが統合に向けた交渉に入ったことが正式に表明されてから、すでに半年以上経過したが、明確な結論には至っていない。
統合への動きがニュースとして報道された直後から、「強者連合」であるとの評価が目立っている。確かに売上高を合計すると、3.8兆円に達し、世界の食品業界でも第5位の地位に躍り出ることになる。規模拡大による単位コスト低減も期待され、利益面のインパクトはさらに大きなものになるかもしれない。

市場環境が厳しさを増す中、食品業界で大型再編が起こるであろうという観測は根強くあったが、なかなか実現に至っていなかった。キリンとサントリーの統合は、業界再編の引き金を引く可能性も指摘されている。

キリンとサントリーにとっては、統合を契機にグローバル展開をさらに推し進め、世界の食品業界で確固たる地位を構築することが目標となろう。

しかしながら、経営統合に向けては、いくつかの課題があることが指摘されている。まず、新聞報道などでも当初から指摘された点だが、両社の企業文化の違いがあげられる。キリンは典型的な財閥系の手堅い社風だが、サントリーは関西の独立系で自由闊達な社風で知られる。シナジー効果を発揮するには、異なる企業文化の融合が欠かせないであろう。

また、コストの低減だが、こちらも具体的に考えていくと難しさが見えてくる。販売促進コストの削減がもし実現できれば、利益率の改善につながる可能性はあるが、販売面でマイナスがでないように調整するのは至難の業であろう。長年構築してきたブランド価値を損なうことなくコスト低減を実現するのは、口でいうほど簡単ではない。

さらに、今回の統合にあたっては、サントリーの企業価値算定をどのように行うのかという問題がある。キリンは上場企業であり、少なくとも時価が存在する。一方、サントリーは非上場企業であり、明確な時価は存在しない。上場企業の企業価値には、一般的に(2?3割程度の)上場プレミアムがあるとされており、非上場企業の企業価値算定にはそうした点も考慮する必要がある。
実務的には、純資産価値や類似会社比較などによってある程度の水準をはじきだすことができる。ファイナンス理論に則ったDCF法等によって企業価値を理論的に算定することも可能であろう。
ただ、今回の統合にあたっては、そうした純然たる経済的価値に加えて、考慮すべき要因がある。

サントリーの株主構成を見ると、創業一族の資産管理会社が約9割の持分を有しており、統合比率いかんによっては、統合後の新会社でも大きな影響力を残す可能性がある。

統合ニュースがでた直後、両社の首脳は「対等の精神」という言葉を多用していた。もし、その言葉を文字通りに受け止めて、「1対1」の統合比率ということになれば、サントリーの創業一族の持分は45%近い水準となり、非常に強い影響力を行使することになる。

さすがに、そこまで単純な話ではないだろうが、サントリーの企業価値の算定は、極めてデリケートな問題である。最近の報道を見ると、この点で両社の交渉は難航しているとされている。

そうした難題を抱えながらも、両社が統合に向けた交渉を続けているのは、おそらく「危機感」が根底にあるからだと推察される。

ビールに限らず国内の食品市場は、おしなべて成熟化している。少子高齢化の影響は甚大で、今後も成長が回復する兆しは見えない。むしろ足元は、金融危機後のデフレ深刻化により市場規模が縮小している。さらなるコスト削減を強いられているが、限界があるのも事実であろう。

そうなると、海外市場への展開が急務であり、実際、キリンやサントリーも含めて食品・飲料各社は海外展開を積極化している。

海外のビール業界では、一足先に大型再編が進んでいる。2008年にはインベブがアンハイザー・ブッシュを買収し、世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブが誕生した。また、食品業界という視点に立てば、世界最大手のネスレという巨人が存在している。ネスレの税引後純利益は1兆円を超える水準である。

こうした状況を鑑みると、キリン、サントリーの両社が統合交渉に入った理由が明確になる。「強者連合」というよりは、「やむにやまれぬ」事情を考慮して、異質な企業文化の統合や株主構成の問題といったような難しい課題があるのは承知の上で、統合に向かったという方が実態に近いのではないだろうか。

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