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アナリストコラム

電機セクターの09/3期決算を振り返って -服部隆生-

2009年05月29日

電機大手の09/3期決算をレビューし、今後の見通しについても考察したい。終わった09/3期は特に昨年秋以降金融危機の衝撃が世界に広がり、つるべ落としに収益が悪化、第4四半期(1-3月)だけ見ると前年同期比20?30%程度減収と前代未聞の落込みを記録した。第3四半期決算発表時(今年1月末?2月上旬)の会社計画との対比では、通期営業損益は上ぶれ(赤字が想定比縮小)の一方、リストラ費用の積み増しや繰延税金資産の取崩し等で最終損益が下ぶれ(赤字拡大)の会社も目立った。電機大手9社(産業電機5社+民生電機4社)のITバブル崩壊期に重なる02/3期の最終損益合計が1.9兆円の赤字だったのに対して、09/3期はそれを更に上回る2.2兆円強の赤字となった。更に今期の会社計画でも構造改革費用などの計上が相次ぎ6,000億円強の最終赤字の見通しであるが、ベストシナリオに近い印象で、実際は1兆円規模に膨れる可能性もあろう。足元の状況が上向いている時に策定される予算は楽観的になる傾向がある。今期の採算改善は殆どがコスト削減効果によるものだ。多くの会社が(現段階では不透明な)下期に大きく回復する前提に立っており、ダウンサイド含みの予断を許さない状況といえる。

さすがに「100年に一度の危機」と呼ばれるだけあって、最終赤字もITバブル崩壊期以上に巨額であるが、今度は営業損益ベースで見てみよう。02/3期は9社合計で3,800億円弱の営業赤字に対して09/3期は1,200億円強の赤字とマイナス幅は小さいものの、01/3期→02/3期の営業損益悪化幅は2.2兆円強であったのに対して、今回08/3期→09/3期は2.6兆円弱とこちらも前回を上回る。更にその悪化額を産業電機と民生電機に分解すると、ITバブル崩壊期の▲2.2兆円強の内、産業電機が▲1.6兆円強、民生電機が▲0.6兆円弱。一方、今回の2.6兆円弱悪化の内訳は、産業で▲1.14兆円、民生で▲1.46兆円である。つまり、前回のITバブル崩壊では半導体や通信を中心にバブルが弾けて産業電機が大きく打撃を受けたが、今回はデジタルバブル或いは円安バブル崩壊などの複合要因(後述)から、海外景気の影響を受けやすい民生電機のインパクトが相対的に大きかったと考えられる。

ソニーなど民生電機大手は近年(08/3期まで)順調に収益を伸ばしてきた。これは個別の構造改革効果もあるものの、米国住宅市場の活況による米国消費バブル、円安の恩恵、エネルギー価格高による新興国の消費バブルなど複合的な要因で支えられた部分も大きいと推測される。こうしたバブルが崩壊したことから、各社は構造改革を加速、売上の伸びない中で採算を確保できる収益構造作りを急いでいる。PC、携帯電話、デジカメといったこれまで成長を支えた最終製品の販売台数が今年は軒並みマイナス成長となる見通しである。現在ですら各社採算の確保できていない薄型テレビも今年は伸びが大きく鈍化するだろう。新興市場ではまだ普及の途上であり、欧米の景気が回復すれば、再び成長軌道に回帰できるとみるが、かつてのような高成長は期待できない上に、グローバルで競争の構図も様変わりしつつあることにより、製品戦略や生産体制の抜本的な改革も迫られよう。

一方、産業電機大手の抱える問題も深刻といえる。産業電機5社の09/3期最終赤字合計は1.5兆円強で、民生電機4社の2倍以上の大きさだ。巨額の特損の計上でボトムラインを大きく押下げているが、これは見方を変えれば過去に本来ならば期間営業損益で処理すべきものを先延ばしにして、まとめて膿を出しているともいえる。財務内容が更に弱体化した企業も多く、東芝は先般資本増強を発表したが、他にも追随する企業が出てきそうだ。前回のIT不況期に産業電機大手各社はDRAMからの撤退や半導体事業の切り離し(03年にルネサステクノロジが発足)を行って、半導体のボラタイルな事業リスクをある程度軽減したと見られていた。しかし、統合効果も十分発揮できないまま、ルネサスは09/3期2,000億円を超える最終赤字で、親会社(日立製作所と三菱電機)の持分法損益に大きなダメージを与えた。ルネサスは今期も大幅赤字見通しで、過小資本でもあることから、NECエレクトロニクスとの経営統合を前に、親会社は追加支援を迫られる公算が高い。

最後に、今後の見通しについて考えてみたい。今年1-3月期の極端な生産調整もある程度功を奏し、足元は各国の梃入れ策も加わり、生産は落ち着きを取り戻しつつある。しかし、単なる調整後の揺り戻しか実需の強さか見極めるにはもうしばらく時間を要するだろう。ただ、過去ピークの収益水準を回復するのは相当先となる可能性がある。ITバブル崩壊前の01/3期の営業利益水準(9社合計で1.8兆円強)まで戻るのは08/3期(同2.4兆円)で、実に7年もかかっている。成長を牽引する新たなアプリケーション不在の中、当面は買い替え需要、新興市場での拡大しか期待できないことから、08/3期の収益レベルまで戻るには前回以上に長い時間がかかる可能性も想定しておくべきかもしれない。

環境やインフラ関連分野は世界的な成長市場とは考えられるものの、短期的に収益を大きく押上げる力は乏しいだろう。当面は構造改革により損益分岐点の引下げが着実に進展しているか、コア事業を選別・強化できているか、業界再編が加速できるか、などが注目点となる。

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