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アナリストコラム

苦境に立たされる大手広告代理店 -鈴木崇生-

2009年05月22日

電通が発表した資料によれば、2008年の日本の総広告費は6兆6,926億円で、これは前年比95.3%という結果である。5%程度の落ち込みを記録した年は過去にも数回あるのだが、翌年はほぼ横ばいという記録を出している。唯一、92年から93年にかけては落ち込みが2年連続となったものの名目や実質GDPは伸びていたため、総広告費もいずれ盛り返すと期待された。総広告費は凹凸がありながらも、日本経済の成長に伴って拡大を続けてきたのである。しかし今、過去にない転換期を迎えている。

広告代理店のビジネスモデルは人が基本かつ財産であり、固定費のかかるビジネスだ。つまり、売上が落ち込めば利益は急減する。売上の増加に伴って増えてきた固定費は、製造業であれば有形固定資産の凍結などである程度は調整が効くものの、こと固定費が「人財」であるだけに調整が難しい。

アサツー ディ・ケイの決算期が3月ではないために正確には捉え難いが、電通、博報堂は大幅な減収が今年度も続き先行きは全く不透明であると述べている。過去にない現実が押し寄せると捉えているわけである。

総広告費はGDPとの相関が高い。有名な話であるためご存知の方も多いと思う。ここで問題なのは、ではGDPが、景気が回復すれば業績も回復するかということに対して疑問符がつくことである。これを2つの観点から捉えている。1つは競争であり、もう1つはテレビだ。

広告を大別すると2つに分けることが出来る。それは費用対効果を求める純然たる広告と宣伝である。昨今の不況の中で事業の撤退や統廃合がニュースとして流れている。これは過去にも起きていたことなのでこれ自体が問題とは思えない。ところが、1990年代前半や2000年代前半と比べて圧倒的に異なる状況がある。それが市場シェアの問題だ。
日経市場占有率などを見ると、テレビやPCなど生産品目別に上位が固定され、かつ圧倒的なシェアを持つため、競争の起きない環境が整いつつあるのである。競争の起きない、競争をしても勝ち目がないのであれば広告をうつ動機がなくなる。また、以前にも本メルマガ上で述べたことだが、生涯において消費が拡大する30代以下の若い層が40代以上と比べて圧倒的にお金を持っていない。
本日付の日本経済新聞において世帯所得が19年ぶりの低水準と述べられているが、この水準の中身も19年前とは明らかに違うだろう。19年前は人口動態統計で見て山を形成していた現在の30代がこれから消費を本格化させる層として出てくるところであったが、今後、人口は減るばかりなのである。消費額全体が落ち込むため競争はますますなくなる危惧がある。

視聴率が低迷しているテレビではあるが、媒体別の接触時間を見るとテレビの持つ時間は他と比べて圧倒的に多く、依然として媒体としての魅力、優位性は衰えていないといえる。そのテレビの広告が総広告費に占める割合は媒体別で最も高く、3割弱を占めている。テレビ広告が落ち込むことは、業績に大きな影響を及ぼすのである。テレビが持つ優位性は普及台数と接続時間の多さに裏打ちされた訴求力だ。しかし、課題は視聴率が意味を成していないところにある。例えば誰が見ているかわからない点だ。また、本当に見ているかもわからない。つまり、費用対効果が非常に不鮮明なのだ。お金をかければよい番組が作れるとは限らない。しかし、ロケ地やエキストラの動員数など予算は多いほうがよい番組を作りやすいことも事実であろう。民
法各社の決算説明会で焦点となっているのは番組制作費用など営業費用の削減だ。売上が伸び悩むのであれば当然にして営業費用の削減が焦点になるため仕方がない側面を持つとはいえ、(1)番組の陳腐化、(2)視聴率の低迷、(3)予算(広告費)の縮小という悪循環から抜け出せる気配が見えてこない。

電通、及び博報堂は今年度中に経営計画の策定を行い、事業構造の変革を行う予定である。まずは人件費の構造にメスを入れるため労働組合と盛んに会合を行っている模様だ。ただし、それは売上をもたらすための施策ではない。

鍵を握るのは「創造力」という言葉だろう。広告出稿側の目的に沿った結果を如何にして生み出し費用対効果を説明するのか、より厳正化が求められる。そして広告費を勝ち取っていかなければならない。売上を伸ばせなければ、いくら営業費用を調節しても成長が望めないのは自明の理だ。

電通や博報堂は買収意欲が旺盛だ。フリーキャッシュフローは厳しいものの、現預金の水準はまだ高く、ただちにファイナンスを必要とする状況にもない。それは、今のうちに自分たちが苦手とするノウハウを取り込み「創造力」を高めるためである。これまで必要であったのは広告枠を買ったり売ったりする営業力であった。しかし、これからは「創造力」である。この1-2年で、どれだけ売上へ結びつく企業体質へ変容させることが出来るのか注目だ。

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