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アナリストコラム

新産業の種 -非侵襲型BMI技術とヒューマノイド・ロボットの融合 –

2009年05月15日

「頭でイメージしただけでロボットが動く」。そのような未来への渇望は2009年3月31日以降、過去のものになりつつある。ホンダの研究開発子会社であるホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン(HRI-JP)、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)、島津製作所の3社は、世界で初めて考えるだけでロボットを制御できる非侵襲型BMI(ブレーン・マシン・インターフェイス)技術を開発した。この技術は医療技術とロボットの融合という新産業発展の可能性を秘めているほか、脊椎損傷患者やパーキンソン病のような運動神経疾患患者への運動機能の再構築、人工的な器官機能の代替などを安全に推進するツールとして現在注目を集めている。

皆様は「マトリックス」という映画をご存じだろうか。1999年に公開され斬新な映像技術とその独特の世界観から多くのファンを獲得したが、そこにはBMI技術を理解するに面白い一例がある。ストーリーは仮想現実と現実世界を跨って展開される。私たちが視覚的に認識している世界は仮想現実であり、本来の現実世界は認識外にあるという内容だ。そして、その現実世界では人口知能を持った機械たちが、自らの動力(電力)を得るために人間を飼育・管理している。人間が機械たちの電力の供給源というとやや理解に難いが、人間をはじめ動物は、動作を行うため筋肉を動かす(または、動かそうと考える、夢を見る)時に神経細胞であるニューロンから微弱な活動電位を発生させる性質を持っており、映画内では機械たちがそれを搾取し生態系の頂点に君臨する姿が描かれた。

話を戻すがBMI技術は一般に、脳から発せられた何らかの信号(活動電位など)の変化を計測・デジタル化し、マシン(情報通信機器など)の入出力情報とすることを指す。09年3月31日の発表では、BMI技術によって一旦デジタル化された動作情報をヒューマノイド・ロボット(人型ロボット)にプログラム指令として発信し、動作を命じることが可能となった。つまり、人間が手足を動かそうとイメージするだけで、ヒューマノイド・ロボット「アシモ」がリアルタイムでそのイメージ通りに手足を動かすことが出来る様になった。

ただし、BMI技術自体は全く目新しいというものでもない。BMI技術は侵襲型と非侵襲型に分類され、特に侵襲型は米国を中心に、従来から医療向けの研究開発が進んでいた。侵襲型とは、脳に電極を指し直接的に活動電位の変化を捉えようとするもので、2008年1月には独立行政法人科学技術振興機構(JST)と米ミゲール・ニコレリス大学教授がアカゲザルを用いた実験の成功を発表している。発表によれば大脳皮質の第一次感覚(感覚など痛みを司る領域)や第一運動分野(運動に関するコントロールを行う領域)の境界付近に指した多数の電極から活動電位の変化を読み取り、ヒューマノイドロボット「CB−i」を動かせることに成功している。しかし侵襲型には重要な課題がある。それは生体に使用するとき脳に直接電極を指すため、安全かつ、長期間において安定的に活動電位の変化を読み取ることが出来る電極の開発や倫理的問題の解決が必須ということである。脊椎損傷患者やパーキンソン病患者の人工的な器官機能の代替として期待される反面、生体ダメージなどのリスクも孕んでいる。一方、非侵襲型は直接的に脳へ電極を指すことを要しない。もちろん、過去にも非侵襲型装置はあった。ただし、それは大型であり、同時に強力な磁場を発生させるため使用環境が限られていた。しかし、今回開発された非侵襲型BMI技術は脳活動によって起こる頭皮上の電位を測定する脳波計(Electroencephalograph:EEG)と、脳血流の変化を測定する近赤外光計測装置(Near-Infrared Spectroscopy:NIRS)を併用し、脳から発せられた信号を高精度かつ安全にキャプチャーすることができる。また、測定センサーは頭皮に接触するのみであり、外科手術を必要としない。何より小型の装置を用いることが可能となり、使用環境が格段に広がった。そしてこの研究に呼応するように、ものづくり大国日本の誇るロボット技術がBMI技術発展に一役をかっている。

現在、日本国内の業務・民生用ロボット市場は年間約60億円前後(国内ロボット産業のうち約1%)と推定され、溶接ロボットなど自動車産業に使用される産業用ロボット市場と比べれば規模は格段に小さい。しかしながら、ヒューマノイドロボットに関しては、「鉄腕アトム」や「鉄人28号」から「攻殻機動隊S,A,C(マトリックス製作の参考の1つとなった作品)」などのロボット・ヒューマノイドロボットアニメやサブカルチャーを育てた土壌、また最高品質の電子部品企業群に囲まれながら、思想、技術などを着実に進化させており、日本が世界に対し優位性を持つ数少ない分野である。コミュニケーション支援システムなどの生活分野、パワースーツなどの医療分野とともに、将来は数兆円にまで市場成長が期待出来るとの試算も存在する。とはいえ、2009年4月17日には韓国政府が国家科学技術委員会において「第1次知能型ロボット基本計画」を議決し、2009年に150億円近くをロボット産業に投資する方針を決めるなど、今後は国家レベルでのロボット産業育成が推進される可能性が高い。先導的思想、技術を持つ日本のロボット産業にとって、早急な産業基盤の構築と世界規模でのイニシアティブの獲得が求められよう。

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