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アナリストコラム

製品優位性とニーズの多様化

2009年03月19日

電子情報技術産業協会(JEITA)が発表した08年の国内インクジェットプリンタ市場(複合機を含む)は前年比1%増の1,295億円、同6%減の604万台となった。価格競争の沈静化や単価の高い複合機の投入などで金額ベースは前年を上回ったが、年後半における経済環境の悪化を背景に台数ベースでは前年に届かなかった。とはいえ近年、国内インクジェットプリンタ市場は年間約650万台前後の推移で飽和状態が続いており、元々高い市場成長が期待されていたわけではない。また、パソコンとのバルク販売による採算悪化や、LBP(レーザービームプリンタ)との価格競争により製品単価も2万円前後まで下落傾向が続いていた。そのような中、某調査会社が発表した08年の国内市場シェア(台数ベース)においてはセイコーエプソン(44.6%)がキヤノン(42.5%)を逆転し首位の座を手に入れた。製品別シェアにおいても08年10月に投入したセイコーエプソンの「カラリオ EP-801A」が、同時期に投入されたキヤノンの「PIXUSMP630」に10pt近くの差をつけトップとなったようだ。本日は両製品の違いを(1)画質、(2)価格、(3)デザイン・使い勝手・コンセプト、に分けて調べ、それぞれの優位性について考えたい。

(1)画質
現在インクジェットプリンタには大きく2つの技術方式がある。キヤノンが高密度プリントヘッド技術「FINE」に採用するサーマル方式と、セイコーエプソンが「マイクロピエゾテクノロジー」に採用するピエゾ方式である。これらはインク液が排出されるプリントヘッドに関わる技術であり、サーマル方式はインク液をヒーターにより加熱、気化させノズルから押し出し、ピエゾ方式は圧電素子(ピエゾ)を伸縮させインク液を排出させる。そもそも1970年代はピエゾ方式が主流だったが、1985年にキヤノンが初めてインクジェットプリンタ「BJ-80」にサーマル方式を搭載した。また、キヤノンは写真画質向上のため、半導体製造に用いるフォトリソグラフィ技術を駆使し数千個以上のノズルを高精度に作りこむことに成功。1999年には「FINE」を製品へ搭載している。これらを踏まえると画質という点ではキヤノンが一歩前に出ているように思われる。実際に「カラリオ EP-801A」の印刷解像度は5760×1440ドット/インチ、「PIXUS MP630」の印刷解像度は9600×2400ドット/インチとなっており、インク液の質を除けば明らかにキヤノンの技術に優位性があるように考えられる。

(2)価格
それでは、「カラリオ EP-801A」は価格面において優位性があったのだろうか。発売当時の本体の平均価格及び、L判写真の印刷コストを調べてみると、発売当時の平均価格は「カラリオ EP-801A」が26,000円前後、「PIXUS MP630」は24,000円前後だった。またL判写真の印刷コスト(1枚当たり)に関しては両社ともにHP上で開示しており、各々21.1円、16.7円だった。初期コスト及びランニングコストともに「PIXUS MP630」に優位性があり、「カラリオEP-801A」がシェアを拡大した要因とは考えにくい。

(3)デザイン・使い勝手・コンセプト
最後にデザイン・使い勝手・コンセプトなどについてはどうだろうか。これらに関しセイコーエプソンは「カラリオ EP-801A」を「リビングに似合うモデル」と位置づけ、従来機と比べ体積を4割近く削減・小型化し、給紙をすべて前面から行えるように変更。更に自動でノズルチェックが行われる機能を追加した。個人的見解ではあるが大幅なモデルチェンジを行いデザイン性、使い勝手を従来機以上に高めている印象を受ける。一方、「PIXUS MP630」は従来機のデザインからメジャーチェンジは行っておらず、改善も機能アップによるものが中心との印象である。デザイン・使い勝手・コンセプトに関しては「カラリオEP-801A」が魅力ある商品としての優位性があるといえそうだ。

これらを踏まえると、「カラリオEP-801A」が「PIXUS MP630」を破り製品別でトップとなった理由の1つとして、消費者にとってのデザイン・使い勝手・コンセプトの優位性が画質、価格の優位性を上回ったことと考えられる。つまり、これは「ほぼ飽和状態が続き、緩慢な技術革新が続くと見られる国内インクジェット市場において、僅少な技術差、価格差は必ずしも製品購買時の絶対条件とならない」と言い換えられるだろう。今後のメーカーにとって、よりマーケティング(消費者視点)に重きを置いた製品開発がシェア拡大の近道になるかもしれない。

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