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アナリストコラム

最近の鉄鋼事情。鋼材値上げから値下げ? -佐藤謙三-

2008年08月22日

想定を上回る原油や穀物等の資源価格高に対して、価格転嫁を目指した製品の値上げラッシュが年初からあり、まだ値上げを進めている製品が多いなかで、8月19日、電炉大手の東京製鐵が9月出荷分から鋼材を引き下げると発表しました。
建設用鋼材のH形鋼をトン当たり1万円引き下げるなど、棒鋼、ホットコイル、厚板など全品種に亘っています。なぜこの時期に値下げをしたのか、これから他社が追随する可能性があるのか、いつ、どの近辺まで下がるのかということが鉄鋼業界のみならず、各業界で注目されているようです。新聞記事がでた丁度その日、大手鉄鋼専門商社のIR担当者に話をうかがうチャンスがありましたので、今回はこの一部を紹介したいと思います。

業界関係者も、東京製鐵が値下げを発表するということに対して完全に予想していたかというとそうでもなく、いずれ実施する可能性はあると考えていたようですが、実施時期や値下げ幅は予想外というのが大勢のようです。鋼材価格を決定する大きな要因は需給とともに原材料価格ですが、新日鉄やJFEの高炉メーカーの主原料が鉄鉱石や鉄鋼用石炭価格(前年比で鉄鉱石価格が8割程度上昇、鉄鋼用石炭価格は3倍になって大きな話題になりました)に対して、東京製鐵などの電炉メーカーの主原料は鉄スクラップ(鉄屑)です。この鉄スクラップ価格が高値から大きく下がっていることと、建設需要の低迷とが今回の値下げの背景にあるのは言うまでもありません。鉄スクラップ価格と鋼材価格のここ1年程度の推移を振り返ってみましょう。

鉄スクラップや鋼材にも多くの種類がありますが、代表品種で見ますと、鉄スクラップ価格は昨年11月頃のトン当たり3万5,000円程度をボトムにして、7月上旬には約7万円までに2倍になり、その後足元では約5万円まで急落しています。一方鋼材価格をH形鋼で見ますと、鉄スクラップ価格高に遅れて上昇に転じ、年初のトン当たり約8万円をボトムに7月には12万5,000円程度に上昇して、約1カ月半は横ばいの状態でした。そして今回、東京製鐵が1万円下げると発表したという状況です。
普通鋼電炉業界の場合、この製品価格と鉄スクラップ価格の差(マージン・スプレッド)と販売数量で概ね損益が決定されています。第1四半期の業績は値上げ浸透の遅れから低迷していましたが、第2四半期以降はスプレッドが拡大して、数量の減少を考慮しても、利益は回復基調にあると考えられます。今回大幅に鋼材価格を引き下げたといっても、鉄スクラップ価格の大幅な下落に対して価格を修正した程度です。数量確保のために、利益の縮小覚悟でこれから値下げ競争をするという状況にはならないでしょう。
確かに建設用鋼材の需要減は想定以上に厳しいようですが、これからさらに建設用鋼材価格が下落するかどうか、他社が追随するかどうか等は、建設需要の動向よりも、鉄スクラップ価格の動向に大きく左右されると考えます。鉄スクラップ価格に対しても見方は分かれていますが、生産拡大やコスト面等から高炉メーカーが秋口から大量に鉄スクラップを使用するようになることが予想され、鉄スクラップ価格も秋口には反発に転じるという見方がやや多いように感じます。

H形鋼のトップ企業は東京製鐵で、2位が高炉メーカーの新日鉄です。H形鋼で言えば、東京製鐵の価格が新日鉄よりトン当たり約5,000円程度高かったのですが、今回の引き下げで、逆に5,000円程度安くなると考えられます。しかし高炉メーカーの場合、原材料(鉄鉱石や鉄鋼用石炭)の年間価格の大半はほぼ固定されていますから、建設用鋼材の需要が低迷している要因だけでは、追随して価格を引き下げる訳にもいかないと考えられます。建設用鋼材以外の、高級鋼(はっきりした定義はないが、自動車や造船用などの鋼板類)は、まだフル生産の状況が続いており、価格を引き下げるどころか、原材料価格高に対して一部ではまだ価格転嫁を進めたいという状況のようです。

建設需要の低迷以外にも、景気拡大を牽引してきた自動車業界の行方、中国の鋼材輸出が拡大して国際鉄鋼市況の下落懸念が台頭してきたことなど不安要因もあり、成長拡大してきた鉄鋼業界が屈折点を迎えたという見方も一部台頭しているようですが、やや悲観過ぎるかな、というのが私の感想です。

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