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アナリストコラム

銀行の取り付け騒ぎはトイレットペーパー不足と似ている -客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2020年06月26日

■銀行の取り付け騒ぎは皆の不安で起きる
■銀行の金庫には現金が少量しか置いてない
■銀行が健全でいるように厳しい規制あり
■預金保険制度が取り付け騒ぎを予防?
■日銀が最後の貸し手として駆けつける

(本文)
本稿は、金融危機に関するシリーズの第8回である。金融危機に関する全体像については第1回の拙稿「金融危機は繰り返す」をご参照いただきたい。なお、本シリーズはリスクシナリオであり、筆者の予測ではない。過度な懸念を持たずに、落ち着いてお読みいただければ幸いである。

■銀行の取り付け騒ぎは皆の不安で起きる
新型コロナ騒ぎで、マスクとトイレットペーパーが店頭から消えた。マスクの方は消える理由があったが、トイレットペーパーには無かった。マスクは使用量が増えたが、トイレットペーパーは増えなかったからである。

両者に共通するのは、「不足しそうだ」という噂(あるいはデマ、以下同様)が「不足しそうだから、多めに買っておこう」という消費者の行動の変化をもたらし、それが実際に不足を引き起こした(悪化させた)という事である。

噂が人々の行動の変化を引き起こし、それが噂を実現させたわけだ。問題は、噂を信じなかった人がトイレットペーパー等を買う機会を逃してしまい、損をした、という事である。

そうなると人々は、「次からは噂を耳にした時は、それを信じるか否かにかかわらず、それに従っておこう」と考えるかもしれない。そうなると、次からも噂が実現する可能性は高いだろう。


銀行の取り付け騒ぎも、原理は同じである。「あの銀行は危ない」という噂が流れると、人々が預金を引き出すので、本当に銀行が倒産しかねない。したがって、噂を信じていない人にとっても預金を引き出すインセンティブが十分にあるのである。だから余計に銀行が倒産しやすい、という大変厄介な事態なのである。

■銀行の金庫には現金が少量しか置いてない
銀行は、預金者から預かった紙幣をそのまま金庫に入れておくわけではない。そんな事をしたら、預金者に金利を払う事が出来ないし、預金部門の諸費用も支払えないからである。

そこで銀行は、受け入れた紙幣の一部分を金庫に入れて、あとは貸出に使って利子を稼ぐのである。

そんな事がなぜ可能なのかと言えば、「大数の法則」が使えるからである。詳しくは統計学の本を参照していただきたいが、個々の預金者は気まぐれに銀行に預金を預けたり引き出したりするが、預金者全体で見ると預金を預ける人と引き出す人の割合は比較的安定している、というのがその概要である。

預金者が100万人いると、たとえば毎日およそ1万人が預金を預け入れ、およそ1万人が預金を引き出すので、金庫の現金はほとんど増減しないはずなのである。そこで、「念のため少しだけ金庫に現金を入れておく」のである。

ところが、大数の法則が使えない事態が稀に生じ得る。取り付け騒ぎである。したがって、これに何とか対処することが、銀行というビジネスにとって死活問題なのである。

対応策は3つ。噂が立たないようにする規制、噂が立っても人々が行動しないようにする預金保険制度、人々が行動してもそれを止める力を働かせる日銀融資、という3つである。


■銀行が健全でいるように厳しい規制あり
「あの銀行が倒産しそうだ」という噂を完全に防止する事は出来ないだろうが、噂が立ちにくくする事は可能である。政府や日銀が銀行の業務に厳しい規制を課し、銀行の状態を監視し、危なそうなら是正命令を出す、という事を徹底すれば良いのである。

そこで、銀行には「ハイリスク・ハイリターンなビジネス」が禁止されている。「大儲けなど狙わずに、安全確実なビジネスで堅実に稼げ」と言われているのである。

そして政府や日銀が、検査を実施するなどして銀行の状態を定期的に把握し、銀行が倒産する可能性が少しでも高まれば是正命令等を出すのである。

人々は、政府日銀がしっかり銀行を見張っている事を知っているので、「まさか銀行は倒産しないだろう」と信頼しており、変な噂は広がりにくくなっているのである。

■預金保険制度が取り付け騒ぎを予防?
預金保険という制度がある。大雑把に言えば「銀行が倒産した時でも、残高1千万円までの預金は政府が代わりに払い戻すから、庶民には損させない」という制度である。

庶民を守るための制度であるが、じつは目的がもう一つある。「銀行が潰れても庶民は損をしないから、銀行倒産の噂を聞いても預金引き出しを急いだりしないように」というメッセージで取り付け騒ぎを防止しよう、という目的である。

もっとも残念ながら、預金保険制度の存在があまり知られていないので、噂が流れた時に「預金保険制度があるから、焦る必要はない」と考える庶民は少ないだろう。

余談ながら、政府は様々な良い制度を作っているのに、宣伝広報が下手なので、もったいない。預金保険もそうだが、新型コロナ関連の各種支援策についても、もっと制度の存在を広く知らしめる必要があると思っている。

■日銀が最後の貸し手として駆けつける
実際に取り付け騒ぎが起きてしまったら、それを止める事は容易ではない。人々が銀行に押しかけて預金を引き出すと金庫が空になるので、「金庫が空になった」という噂が広まり、一層多くの預金者が銀行に殺到するからである。

そんな時に頼りになるのが、日銀である。現金輸送車で札束を届けてくれるので、「みなさん、現金は大量にありますから安心して下さい」と言えるのである。

実際には、大量の現金を見ると安心して「噂は誤りだったようだ」と考えて預金を引き出さずに帰宅する人も多いだろう、と言われている。

日銀は「最後の貸し手」と言われているが、実に頼りになる存在なのである。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(6月22日発行レポートから転載)

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