■ケインズ時代の美人投票は今と異なっていた
■人々が信じれば、噂の真偽はどうでも良い
■短期投資は美人投票、長期投資は真実の探求
■アベノミクスによる株高は美人投票だった
■黒田総裁は愚か者でも嘘つきでもない名医
(本文)
実体経済が悲惨であるにもかかわらず、株価は堅調というか好調である。株価にバブル的な匂いを感じる人も増えてきたようだ。おそらく「金融緩和が続くから株価は高くても問題ない」と人々が考えている事によって、美人投票的に買われているのであろう。
というわけで、最近の株高について3回シリーズで考えてみたい。初回はそもそも「株価は美人投票」と言われる理由について。
■ケインズ時代の美人投票は今と異なっていた
株価は美人投票である、というのはケインズの言葉であるが、これを理解するためには当時の美人投票の仕組みを知っておく必要がある。当時の美人投票は、優勝者に投票した審査員も「審美眼がある」という賞品がもらえたのである。
そうなると、審査員は自分が美人だと思った候補ではなく、他の審査員が投票しそうな候補に投票するようになる。自分はAが美人だと思っても、Bが登場した時に拍手が起これば、Bに投票した方が得である。
更に言えば、「Cは審査員に賄賂を配っているらしいから、Cが勝つとの噂がある」と聞けば、Cに投票するのが得だろう。自分も賄賂が欲しかった、と思うか否かはともかくとして(笑)。
■人々が信じれば、噂の真偽はどうでも良い
つまり、勝つという噂が流れると、皆がその候補に投票するので、本当にその候補が勝つことになり、その候補に投票した人が儲かる、というわけだ。
これは、株式投資と似ている。値上がりするという噂がある株を買うと、皆が噂を信じて同じ株を買うので株価が上がり、利益が得られる可能性が高いからだ。だからケインズは株価は美人投票だと言ったわけだ。
問題は、噂が嘘であっても関係ない、ということである。たとえばCの親友が「Cは賄賂を配っていない」と知っていたとしても、Cに投票した方が利益が得られる可能性が高いことになる。
株式投資も同様で、人々が誤った噂を信じている時には、「自分は真実を知っている」などと自己満足するのではなく、他人と同じように行動する事が利益につながるのである。
■短期投資は美人投票、長期投資は真実の探求
もっとも、噂で株価が動くことに賭けるのは、短期投資の場合である。10年持っているつもりで投資をするならば、その銘柄の実力をしっかり調べて真実を知ろうと努めることが利益への道である。
人の噂も75日であるから、それより短い投資期間を考えているならば美人投票に乗るべきであるし、それ以上の期間持っているつもりなら、真実を探るべきなのである。
むしろ、噂によって株価が上がっている時は割高になっているかも知れないので、長期投資を考えている場合には少し待ってから買った方が良い場合もあろう。
■アベノミクスによる株高は美人投票だった
黒田日銀総裁が就任した時、「大胆な金融緩和を行なうので、世の中に出回る資金が大幅に増加し、株価は上がるでしょう」と自信満々に記者会見を行なった。
これを見た投資家たちは、株価が上がると考えて買い注文を出したので、実際に株価は上昇した。
これは、二つの意味で興味深い。一つは、前任者のやっていた事と質的には同じなのに、量を増やして自信満々に記者会見をやっただけで株価が上がったという事である。
もしも金融緩和それ自体に効果があるのであれば、前任者の時も少しは株価が上がっていたはずだが、そうではなかった。ということは、黒田総裁の記者会見によって人々が「他の人も株を買うだろう」と考えるようになったということだ。
もう一つは、実際には世の中に資金が出回らなかったという事である。これについては元銀行員である筆者は最初から知っていた。銀行が国債を持っているのは、貸出先が無いからである。したがって、国債の代わりに札束を手にしたとしても、それを貸出に使えるわけではなく、札束を日銀に送って準備預金に入金するだけなのである。
つまり、黒田総裁の記者会見は間違えていたわけだが、それを信じた銀行員以外の投資家が株を買ったので、株価が上がったのだ。
医学の世界には偽薬効果と呼ばれるものがある。医者が患者に「良い薬です」と言って小麦粉を渡すと、病が治ってしまう場合があるのだそうだ。
黒田総裁も、本来は株価を上げる力が無いものを「効果抜群です」と言って市場に渡したので、株安が治ってしまったのであろう。
さて、筆者はどうしたであろうか。世の中に資金が出回らない事は知っていたが、それでも株を買った。他の投資家たちが買うだろうから株価は上がるだろう、と考えたのだ。
その結果、何度も呑みに行くことが出来た。そのたびに「黒田総裁、ありがとう」と言いながら乾杯をしたものだ(笑)。
■黒田総裁は愚か者でも嘘つきでもない名医
この話をセミナーでしたところ、質問を受けた。「黒田総裁は、世の中に資金が出回らない事をしっていたのですか?」という質問だ。
これは、非常に答えにくい。ノーと答えれば黒田総裁はバカだということだし、イエスと答えれば黒田総裁は嘘つきだという事になってしまうからだ。
したがって、筆者は直接には答えなかった。「医者が患者に小麦粉を渡して患者の病気が治ったのだとすれば、その医者は愚か者でも嘘つきでもなく、名医である。以上。」というわけだ。
ちなみに、前任者の時に株価が上がらなかったのは、偽薬効果が無かったからだ。「株価に効くとも思われないが」と言いながら記者会見をしたのでは、効くわけがない。「小麦粉です」と言って渡すようなものだから(笑)。
最後に余談である。日銀が本当に値上がりして欲しかったのは野菜のカブだが、こちらは値上がりしなかった。カブの値段は美人投票では動かないからだ。今ひとつ、株は保管コストがかからないがカブは保管コストがかかるので、値上がりするだろうと思った消費者が来年食べる予定のカブを買い急ぎする事も無かったのである。
本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。
(8月24日発行レポートから転載)