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アナリストコラム

貿易統計から経済と景気を考えてみよう –客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2021年04月30日

■最近の日本は輸出大国にあらず

■昨年の貿易収支は黒字を回復したが・・・

■輸出数量の増加は景気にプラス

■輸入数量と景気の関係は複雑

(本文)

■最近の日本は輸出大国にあらず

昨年度分の貿易統計が発表になり、貿易収支は3年ぶりに黒字を回復した。そう聞くと、違和感を感じる読者も多いだろう。昭和の時代には、日本は輸出競争力の強さから大幅な貿易収支黒字を続けていて、米国を中心として諸外国からバッシングを受けていたので、その記憶が強く残っている読者も多いはずだ。

その後、平成バブルの崩壊によって日本経済が長期低迷期にはいると、海外に於ける日本脅威論が後退したこともあり、貿易収支黒字に対するバッシングは鳴りを潜めたが、日本の貿易収支は大幅な黒字が続いていた。

その後、日本の貿易収支黒字が本格的な減少を見せたのは、リーマン・ショックにより輸出が激減した時である。リーマン・ショックの影響は米国等の景気回復で乗り越えたものの、東日本大震災の影響により原発が止まり、巨額のエネルギーの輸入が必要となったことで、貿易収支は赤字に転落した。

原発がその後もあまり稼働していない事もあり、最近の日本の貿易収支は毎年の増減を均すとゼロ近辺で推移しているのである。

もっとも、貿易収支黒字が消滅した根本的な原因は、国際分業の進展である。アジア諸国の技術レベルが向上したことに伴って製品類の輸入が増えたことと、日本企業の海外現地生産が増えたことで輸出が伸びなくなった事などが日本の貿易収支黒字を縮小させる力として働いているのである。国際分業については、別の機会に詳述することとしたい。

余談であるが、貿易収支と呼ばれている統計には二つある。本稿が取り扱う貿易統計の輸出入差額と国際収支統計の内訳としての貿易収支である。統計の作り方の違いから国際収支統計の方が黒字額が少し大きく出る性格があるので、そちらは年度ベースで小幅な黒字を続けている。年と年度、国際収支統計と貿易統計があって紛らわしいので注意したい。

■昨年度の貿易収支は黒字を回復したが・・・

昨年度は、輸出数量が大きく落ち込んだ。これは世界景気が新型コロナ不況で落ち込んだためであるから、ある程度仕方なかったと言えよう。したがって、貿易収支は悪化するのが自然だと思われていたのである。

しかし、それ以上に輸入が減少したため、貿易収支は改善したのである。と言っても、内容を見ると喜べるようなものでは無かった。原油価格等の大幅な下落に助けられた面もあるが、国内景気の悪化によって輸入数量が大きく減少した事の影響も大きかったからである。

海外諸国と比べると、日本の新型コロナの感染者数等は人口比でみて格段に少なかったわけで、日本の景気は欧米諸国等に比べてはるかに底堅く推移しても良かったのであるが、そうはならなかったのである。これは残念な事と言えよう。

ちなみに、貿易収支は黒字が良いとは限らない。国内景気の悪化で輸入が落ち込んだ結果として貿易収支が黒字になったのだとしたら、それは「改善」とは言い難いからである。

したがって、赤字から黒字になったり黒字が増えたりすることを「改善」と呼ぶのは厳密には正しくない。しかし、世の中で一般に使われている用語法なので、本稿もそれに従っているものである。

■輸出数量の増加は景気にプラス

輸出数量に関しては、景気との関係は比較的単純である。海外の景気が良くて輸出数量が増えれば国内の景気にもプラスになる。ドル高円安で輸出数量が増えても国内の景気にプラスになる。当然ながら、輸出数量が減れば国内の景気にマイナスになる。

ちなみに、ドル安円高時に、輸出企業が手取りの減少を補うためにドル建て輸出価格を引き上げる事がある。そんな時にドル建て輸出価格の統計を見て、「日本製品が高く売れて良かった」などと考える人がいる。同じことだが円建の輸出入価格を見て「輸入価格は大きく下がったが輸出価格は少ししか下がらなかった」と言って喜ぶわけである。「交易条件が改善した」という言葉はそうした意味である。

しかし、筆者はそうした考えには賛同しない。ドル建て価格を引き上げれば輸出数量は減るであろうから、国内生産の減少を通じて国内景気を圧迫しかねないからである。

経済を見るときに、「国内生産が減って失業が増えそうだ」という事を気にする人と気にしない人がいて、気にしない人は輸出数量が減っても気にしないが、筆者は気にする。この違いが、円高の評価の違いにつながっているわけである。

■輸入数量と景気の関係は複雑

一方、輸入数量に関しては、増減の理由が重要である。国内の景気が悪いことが原因で輸入数量が減っている場合には、全く喜べない。景気が悪いのだから、輸入品のみならず国産品も売れないのだろう。反対に、景気が良くて皆が多くの物を買うので輸入数量も増えた、という場合には、素直に喜んで良かろう。

ドル高円安が進んだ結果、消費者が割高になった輸入品を買うのを控えて国産品を買うようになったという場合であれば、輸入数量が減った分だけ国産品の生産が増えているであろうから、景気にプラスの筈であり、喜んで良いだろう。反対にドル安円高によって国産品が輸入品に押しのけられた場合には、国内生産を減少させる要因であるから輸入数量の増加は悲しむべき事である。

数量をはなれてドル建て価格の話に移ろう。エネルギー価格が下落したことで、輸入数量には変化がなくてもドル建て輸入金額が減った、という場合もあろう。この場合、消費者が「ガソリンが安く買えて家計に余裕が出来たから、飲みに行こう」と考えるならば景気のプラス要因であろう。

もっとも、今次局面では消費者が家計に余裕が無いから飲みに行かないのではなく、新型コロナが怖いから飲みに行かないのであるから、この効果は小さかったと考えざるを得まい。

このように、輸入が減った事を景気の観点からどう解釈するかは、輸入の統計だけを見てもわからない。総合的な判断が必要となるわけである。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(4月28日発行レポートから転載)

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