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アナリストコラム

円高は景気の大敵なのか –客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2021年05月21日

■かつて、円高は景気の大敵だった
■プラザ合意後の円高は例外的に景気の味方
■最近は為替レートが輸出入数量に影響せず
■価格変化は円高が景気にプラスの面も
■少子高齢化で景気変動が小さくなる事にも要注目

(本文)
■かつて、円高は景気の大敵だった
かつて、円高は日本の景気の大敵であった。高度成長期には日本製品が「品質は悪いが値段が安いから買う」と言われていたため、円高になって価格競争力を失うと輸出が激減する可能性があったからである。

実際には、円高になると日本企業は逆風を跳ね返すべく必死に努力してコストを削減し、輸出競争力を維持したので、それほど輸出数量が激減したわけでも景気が劇的に悪化したわけでもなかったが、これは日本企業の努力の成果であって、円高が景気の大敵であった事は疑いない所である。

その後、日本製品が「値段は高くても品質が良いから買う」と言われるようになってからは、輸出面での影響は縮小したようだ。円高による手取り減少を補うために輸出企業がドル建て輸出価格が引き上げても輸出数量が激減する事は無くなったからである。

もっとも、プラザ合意以降は日本の製品輸入が増えたため、今度は円高になると安価な輸入品が大量に流入して国内生産量を圧迫するとともに、低価格製品の大量流入により値下げ競争が激化して国産メーカーはダブルパンチを受けるということになったのである。

■プラザ合意後の円高は例外的に景気の味方
余談であるが、プラザ合意後の円高は、例外的に景気の味方であった。円高による物価安定が金融緩和をもたらし、資産価格の上昇により景気が押し上げられた事、円高でも輸出数量があまり減らなかったのを見て日本人が日本経済に自信を持ったことが要因として挙げられよう。

結果としてバブルになり、大きな後遺症が残ったので、当時の景気拡大に良い印象を持つ人は少ないかも知れないが、円高のおかげで景気が拡大した事は疑いなかろうし、円高のおかげで景気拡大が長持ちした事も忘れてはならない。

景気が絶好調であったので、通常ならば日銀が金融を引き締めてインフレを抑制すべきであったが、円高のおかげで輸入物価が下落したために国内物価も上昇を免がれ、日銀による金融引き締めが見送られたからである。

■最近は為替レートが輸出入数量に影響せず
最近は、為替レートの変動が輸出入数量に影響しにくくなっているようだ。アベノミクスによる大幅な円安にもかかわらず、輸出数量が激増したわけでも輸入数量が激減したわけでもなく、輸出入ともに数量は比較的安定した推移を辿ったのである。

輸出数量に関しては、輸出企業の「地産地消戦略」が大いに影響しているようだ。最近の日本の輸出企業は、円安になっても輸出を増やそうとせず、「売れる所で作る現地生産」に注力しているようなのだ。

筆者は、その戦略の合理性が理解できていないのだが、どうやら「為替レートが変動するたびに国内生産を増やして輸出したり国内生産を減らして現地生産にシフトしたりするのは辛いから、為替レートに影響されない企業になろう」という事のようだ。

もう一つ、日本は人口減少が確実で、日本は市場としても生産基地としても将来性が限られているので、早めに海外に進出して世界企業として大いに稼ぎたい、という気持ちもあるのかも知れない。

輸入に関しても、輸入品が激減して国内生産が著増したというわけではない。おそらく、「労働集約的な製品は国内では作らない」という企業の生産体制が確立していて、内外の棲み分けが出来ているので、円安で労働集約的な製品の輸入価格が上昇しても、それによって国内生産が増えるという事が起きなかったのであろう。

「円安で輸入ワインが値上がりしたのだから人々が日本酒を飲むようになる」という事くらいは起きても良かったと思うが、日本の消費者は味の好みがしっかりしているのかも知れない。ワインでも日本酒でも酔えるなら何でも良い、という筆者のような消費者は例外的なのであろうか(笑)。

■価格変化は円高が景気にプラスの面も
輸出入数量が変化しないという事になると、円高による輸出入価格の下落の影響が気になる所である。論者の中には「円高で輸出企業の収益が悪化するから景気にマイナスだ」という人もいるようだが、それは疑わしい。

日本は輸出と輸入が概ね同金額であるから、輸出企業がドルを安くしか売れなかった分と輸入企業がドルを安く買えた分が概ね等しいため、影響は概ねゼロなのである。

強いて言えば、むしろ景気にプラスなのかも知れない。輸出企業の手取り減は利益減となり、輸出企業の配当や内部留保が減ることになろうが、それが景気に与える影響は軽微であろう。一方で、輸入価格の低下は消費者物価を押し下げて消費者の懐を温かくし、個人消費を増やすかも知れないのである。

もっとも、輸出入数量に与えるマイナスの影響もゼロではないだろうし、価格変化によるプラスの影響も僅かであろうから、差し引きすれば「ほとんど景気には影響しない」といった所なのではなかろうか。

ちなみに、円高は景気には影響しないが、株価には影響しそうである。上場企業は輸出企業が多いので、輸出企業の収益悪化は株価の押し下げ要因となりやすい一方で、消費者の懐が温かくなった事が株価に与える影響は限定的だからである。株価と景気が乖離する理由は多数あろうが、これもその一つなのだろう。

本稿は、以上である。

なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。


(4月30日発行レポートから転載)

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