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アナリストコラム

景気と経済成長率の関係を考える –客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2021年08月06日

■成長率が高い時は生産が増えて景気が良い
■景気と成長率を考える出発点は潜在成長率
■潜在成長率の基本は技術進歩
■潜在成長率は時間の経過とともに低下する

(本文)
■成長率が高い時は生産が増えて景気が良い
成長率というのは、通常は実質GDPの増加率のことである。これは、国内で生産された物(財およびサービス、以下同様)の量がどれくらい増加したか、という統計である。

長期統計としての成長率は、国の経済規模が大きくなり国民生活が豊かになって行く様子を表すものであるが、短期的には景気動向を示すものとして重要である。

成長率が高いという事は、生産量が増えているという事であるが、それによって多くの労働者が雇われ、失業者が減っているはずだし、雇われた労働者が給料を受け取って消費をするだろう。

そもそも企業は需要が多くて売れる見込みがあるから生産しているのであろう。つまり、成長率が高いという事は、景気は上を向いていると考えて良いわけだ。稀には生産量が増えたが見込み違いで大量に売れ残ったという場合もあるので要注意だが。

というわけで、景気の予想屋たちは各自の景気予想として経済成長率の予測値を発表する。「景気はすごく回復する」「景気は少し回復する」などという発表よりも成長率の予測の方が慣れている人にはわかりやすいからだ。

ただ、日本の経済成長率の統計は振れるので、初心者にはミスリーディングな場合もあろう。単に数字を見るのではなく、専門家の解説を併せて聞くように心がける方が良さそうだ。

■景気と成長率を考える出発点は潜在成長率
中国の成長率は、6%程度が普通であり、3%成長だったら深刻な不況だと大騒ぎになるだろう。一方、日本では1%が普通であり、3%成長だったら景気が過熱して労働力不足が深刻化しかねない。

このように、国によって「普通の成長率」は大きく異なる。これを「潜在成長率」と呼ぶ。失業も増えず、インフレにもならない心地良い成長率と言い換えても良かろう。

普通の成長率が心地よい成長率だ、というのは幸せな事のように聞こえるかも知れないが、そうではない。心地よい成長率になるように政府日銀が必死に努力しているから結果としてそうなっている、というわけだ。

成長率が潜在成長率よりも低ければ、失業が増えてしまうので成長率を引き上げるために努力し、成長率が潜在成長率よりも高ければインフレが心配なので金融引き締め等によって成長率を抑え込むわけだ。

したがって、成長率を判断する時は、潜在成長率より高いか低いかを考えることになる。もっとも、瞬間的な成長率については要注意である。失業者が大勢いる時には、潜在成長率よりも大幅に高い成長を実現して失業者を減らさなくてはならず、潜在成長率より少し高いだけでは不足だからである。

■潜在成長率の基本は技術進歩
潜在成長率は、人口増加等によっても高まるが、基本は技術進歩によって高まる。と言っても、新しい発明発見があるという事ではない。使われている技術が進歩する、という意味である。

中国では、農家が手作業で田畑を耕していたが、トラクターを購入する金が出来たため、農業労働者一人あたりの生産量が飛躍的に拡大した。農村で余った労働者は都会に働きに出たため、都会の工場の生産量も増えた。もちろん、都会の工場でも機械化が進んだため、それによる生産量の増加も著しかった。

このように、すでに先進国で使われていた技術が中国でも使われるようになったため、中国の生産量は飛躍的に伸びたが、それによってインフレになる事はなかった。むしろ、成長率が先進国並に低かったら深刻な不況になって失業者が増えてしまったであろう。

一方で、日本ではすでに農家がトラクターを持っているので、それを最新式のトラクターに買い替えたとしても、一人当たりの生産量が飛躍的に伸びるわけではない。だから成長率が低くても失業は増えず、少し成長率が高まると労働力不足になってしまうわけだ。

■潜在成長率は時間の経過とともに低下する
途上国は、先進国の技術を導入すれば、簡単に一人当たりの生産量を増やす事が出来るので、潜在成長率は高くなる傾向にある。もちろん、トラクターを買う金が無ければ買えないから、明日の食料も無いような途上国が、トラクターが買えるようになるまでが大変なのだが。

農家がトラクターを買い、洋服屋がミシンを買い、という事で次第に技術導入が進むと、日本のように機械を最新式の機械に置き換えるくらいしか出来なくなってくる。潜在成長率が次第に低下してくるわけだ。

加えて、日本の場合には少子高齢化も潜在成長率を引き下げる要因となっている。労働力となる現役世代の人数が減って行くわけだから。

それ以外にも、日本の潜在成長率が低い理由はいくつかあるが、それについては別の機会に論じることにしよう。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(7月30日発行レポートから転載)

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