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アナリストコラム

潜在成長率が低下トレンドにある理由 –客員エコノミスト 〜塚崎公義 教授 –

2021年10月29日

■潜在成長率の基本は技術進歩
■潜在成長率は技術進歩とともに低下する
■経済成長による経済のサービス化も潜在成長率を引き下げる
■潜在成長率は少子高齢化でも低下する
■潜在成長率は長期不況でも低下する

(本文)
■潜在成長率の基本は技術進歩
潜在成長率という言葉がある。失業率が変化しないような成長率という意味である。日本で、ゼロ成長だと不況だと言われるのは、1%程度は成長しないとで失業者が増えてしまうからである。日本の潜在成長率は1%だからである。

なぜ、ゼロ成長だと失業が増えてしまうのだろうか。人口が増えている国ならば当然であるが、そうでなくても技術が進歩すると労働者1人あたりの生産量(労働生産性と呼ぶ)が増えてしまうため、同じ量を生産するためには前年より少ない労働者で足りてしまうからである。

技術進歩というのは、新しい発明発見のことではない。経済で実際に使われている技術が前年より進んだものだ、という意味である。高度成長期には農家がトラクターを購入したことによって農業労働者の一人当たり生産量が飛躍的に伸び、潜在成長率が高かったのである。

トラクターが発明発見されたわけではないが、米国で以前から使われていたトラクターを日本人も買う事ができるようになったため、日本で使われる農業技術が進歩したのである。

■潜在成長率は技術進歩とともに低下する
今の日本の農村では、すでに皆がトラクターを持っているので、それを最新式のトラクターに買い替えたとしても、農業労働者の生産性は少ししか上がらないだろう。同じことが都市部の工場でも起きているわけで、これが高度成長期と比較した今の潜在成長率の低さになっているわけである。

外国で使われていた技術を真似すれば良かった時代が終わり、新しい技術を発明発見しなければいけない時代になると、技術進歩の速度が落ちていくことが潜在成長率を引き下げるのだ。

■経済成長による経済のサービス化も潜在成長率を引き下げる
経済が成長すると、産業の中心が製造業からサービス業に移る。経済のサービス化である。これも、潜在成長率を引き下げる要因である。

女性が美しくなろうと思った時、終戦直後であれば洋服が欲しいと思ったであろうが、ある程度洋服を持つようになると、美容院へ行きたいと思うようになったはずだ。

洋服作りは手作業からミシン、ミシンから全自動洋服製造機の導入といったプロセスによって労働生産性が飛躍的に向上する産業であるため、世の中の主要産業が洋服製造業であった時代には潜在成長率は高かった。

しかし、美容院は機械化が難しく、労働生産性が向上しにくい産業であるため、美容院が主要産業になると経済全体の労働生産性も上がりにくくなり、潜在成長率が落ちるのである。

■潜在成長率は少子高齢化でも低下する
少子高齢化によっても潜在成長率は低下する。理由は現役世代の減少と高齢者の労働集約的消費である。

少子高齢化は、現役世代の減少を意味するから、労働者1人あたりの生産量が一定(使われる技術が進歩しないので労働生産性が向上しない)ならば経済成長率はマイナスになるし、労働生産性の向上速度が一定であれば成長率は低下していくはずである。

高齢者の消費が医療や介護といった労働集約的なものである事も潜在成長率を低下させる要因であろう。少子高齢化ということは、自動車を買う若者が減り、医療や介護サービスを受ける高齢者が増えるということである。洋服の需要が減って美容院の需要が増えるのと同様の影響があるはずだ。

現役世代が減って高齢者が増えると労働力不足になるかもしれない。そうなれば、企業が省力化投資をするだろう。それによって労働生産性も少しは上がるだろうが、労働者数の減少を補うには足りないとすれば、潜在成長率は下がると考えるのが自然であろう。

自動車から医療介護に需要がシフトすることによる労働力不足も同様に、企業の省力化投資を促すかもしれないが、これも潜在成長率を維持するには足りないと考えるのが自然であろう。

■潜在成長率は長期不況でも低下する
日本の場合、バブル崩壊後の長期低迷期に省力化投資が行われなかったので、労働生産性が上がらず、潜在成長率が低下した。失業者が大勢いて、皿洗いのアルバイトがいくらでも安く雇えるならば、飲食店が自動食器洗い機を買わないからである。

日本の過去の潜在成長率が低かった一因は、長期不況にあった。アベノミクスによる景気回復で労働力不足となり、潜在成長率は一時的に回復したが、昨今は再び新型コロナ不況で潜在成長率が低下しているかも知れない。そうだとすれば残念なことである。

日本の労働生産性が国際的にみて低いと言われるが、その一因も、バブル崩壊後の長期低迷期に省力化投資が行われなかったことなのである。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(10月22日付レポートより転載)

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