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アナリストコラム

賃金が上がるから生産性が上がるのである -原田哲也-

2023年04月26日

―日本株式市場浮上の鍵―

4月13日に連合が公表した2023年の春闘の賃上げ率(第4回集計結果、ベースアップを含む)は平均3.69%と30ぶりの上昇率になった。
厚生省の毎月勤労統計調査を過去に遡ると10年間で名目賃金はたったの4%しか上がっていない。いかに今年の賃上げ率が異次元なものであるかを物語る。

30年ぶりという賃上げ率は勿論、物価の上昇が背景である。2023年1月の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)は4.2%と41年4カ月ぶりの伸びとなった。

更には人手不足も大きな要素だ。COV-19やロシアのウクライナ侵攻の影響もあり、極めて低調な景気の足取りが続いているにも拘らず、2023年2月の失業率は2.6%と依然低水準で、完全失業者に至っては174万人と前年同月比6万人減となり20か月連続の減少が続いている。

俄かに賃金上昇が紙面をにぎわし始めたが、OECDのデータを基に経団連が調査したところによると1995年から2020年までの平均賃金の伸びは日本が11.7%増に対し、米国は50.4%、英国は61.4%、イタリアを除き、フランスやカナダも高い伸びになっている。最近では平均賃金水準でも大きく伸びてきた韓国に抜かれている(ドル建て)。

こうした日本悲観論はマスコミでも幾度となく報道されよく知られたところだが、視点を変えてみると少し違う風景が見え、何故日本の賃金が上昇しなかったか、否上昇していないように見えたのかの一端が垣間見える。

上記もそうだが一般的に使われているデータは一人当たりの賃金である。
厚生労働省の毎月勤労統計のデータを現在の分類項目で遡れる2013年から2022年までの一人当たりの現金給与推移見ると3.1%しか伸びていない。しかし時間あたり置き換えると10.2%増になる。この間、日本で起こったのが労働の地殻変動ともいえる①高齢者の労働市場への大幅な参入(男女とも)②女性の労働市場への参加加速③働き方改革である。
① と③の結果起こったことは一人当たりの労働時間の短縮である。労働時間の推移をみると2013年の145.5時間/月から2022年には136.1時間/月と6.5%減少している。
② については確かに女性の65歳以上の雇用者がこの間倍増しており、女性の雇用者増への貢献は大きい。一方で、実は女性はこの間非正規より正規の雇用者の伸びの方が高い。働き方改革で女性の正規への移動が進んだことが考えられる。女性の正規の労働時間が減少している可能性はあるが、全体としての労働時間にどれほど影響しているのか分からない。

こうした労働時間の減少が表面的には一人当たりの名目賃金の上昇を抑え、日本は労働生産性が上昇しない、そして賃金も上昇しないという認識に繋がっている。

しかし、今まで見てきたように時給で見ると賃上げは結果としてなされているし(ステルス賃上げとも呼ばれるが)、OECDの調査では労働時間当たりの生産性の上昇率は上から3番目とG7のちょうど真ん中だ(2013年から2021年まで)

日本の賃金の低水準について付け加えるならば、日本の非正規雇用の比率は37%で米国より高いが欧州と比べると低いほうである。異なるのは欧州はほとんどが本来の意味で同一労働同一賃金である点である。実質的に同一労働同一賃金とはなっていないことが日本の賃金の低さの理由の一つと考えられる。

さて、話を進めよう。2017年の国勢調査をベースとした生産年齢人口の将来推計によると、2020年が7406万人に対し2030年には6875万人と531万人減少する見通しである。年率にすると53万人減である。

一方で、今年3月の日銀短観によると人員が過剰と答えた割合から不足と答えた割合を引くとマイナス32である。コロナ前の2019年9月以来の低水準である。経済再開を始めたばかりで、この人手不足である。

今後を考えると①生産年齢人口の減少、②高齢雇用増を担ってた団塊世代が2025年にはすべて後期高齢者になる、③2022年には女性の雇用者が男性の雇用者の89%まで上昇し伸びしろが少なくなっていること、などから経済が回復するに伴って人手不足が急激に進み、日本経済の大問題になることは想像に難くない。


2030年に向けて超人手不足を背景とした人材の取り合いが始まるであろう。今年の春の30年ぶりの賃上げは、そのスタートの号砲なのである。

来年以降、賃上げをしなければ人材を獲得できないという状況は一段と鮮明になる。人手不足倒産が急速に増えていくであろう。賃上げが出来なく人手が足りない企業はAIやロボットなどを活用しなければ生き残れない。しかし、元々賃上げが出来ない企業の多くはそうした省人化・自動化への資金、ノウハウが無い企業が多いのである。だから市場から退出を求められる。そして生き残った企業も更なる賃上げに備えるために生産性を高めることが必須となるのである。

こうした時代に日本が突入するとすれば、今まで日本の課題といわれてきた生産性が低いから、賃上げが出来ないという海外で常識的な構図ではなく日本特有であるが、賃上げを行わなければ人手が集まらず、そのために生産性を挙げなければならないという世界とは逆の形で、生産性向上時代がやってくるのである。

こうして生き残った企業の生産性が上昇することに加え、生産性の低い企業の退場も合わさって日本全体の生産性は大きく上昇していくと考えられる。

これが今後の日本企業の業績成長の核心であり、株式市場を牽引する基盤なのである。

(4月26日付 レポートより転載)

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