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アナリストコラム

日本の株式市場の先行きを占う -原田哲也-

2023年05月30日

―30年ぶりのフォローの風が吹き始めた―

日経平均が31000円を超えた。33年ぶりの高値だと連日マスコミをにぎわしている。株式評論家と称する人々は背景について色々コメントをしている。東証(及び金融庁)のPBR1倍割れ銘柄に対する改善要請への企業の対応策(自社株買いなど)、植田日銀の金融緩和継続見通し、日本が出遅れた分だけ今後の経済再開への期待が高まる等など。買いの主役は海外投資家であるようだ。久しぶりに日本株への興味が高まっているといわれている。

業界関係者の株価見通しは多くは株価追認型であるようだ。急速な上昇に戸惑っているというのが本当のところだと思われる。

だいたい相場見通しなどというものは、お御籤、占いみたいなもので、当たるも何とかである。本当に的確な(当たる)相場見通しが出来るとは思えない。「神」ではない人間は未来を見通せないのであるから。


仮に近しい結果が出たとして、まぐれである。ファンダメンタル的アプローチであれば何百、何千、何万ものデータやパラメータを置いて予測しないとならないが、まず無理である。仮に何とか構築したとしても1つのデータが狂えばもう見通しは瓦解するはずである。テクニカル的アプローチではランダムウオーク論から否定される。

嫌われごとはこのくらいにして、かくいう私も株式の見通しについては当たらないと自負している。
しかし、批判を承知で今後の日本株式について考えてみた。
先ず、PBR1倍割れ相場についてだが、これは実態がある。自社株買いを行えば基本的には需給が改善する。また買った自社株を消却すれば、EPSは上昇し株価へのインパクトになる。

しかし、毎期のように需給を大幅に改善させるような自社株買いを行うためには、確りした業績の伸びとフリーキャッシュフローが必要だ。米国のように借金までして自社株買いを行うのは衰退への一里塚である。米国のシアーズがそうだったように。

そういう点からいうと、今回の自社株買い期待相場は在庫一掃セールの色彩が拭えない。自社株買いだけでは日本株の上昇も一過性に終わる可能性がある。

日本株が持続的な上昇相場が見込めるとしたら(私はそう思っているのだが)、次の3つほどの要因が考えられるのではないか。

1つは前回も指摘したことだが、日本の人手不足の加速(インフレも寄与)による賃金の上昇が必然的に生産性の向上を促すという点である。人手不足の深刻度が強ければ強いほど生産性の上昇率は高まる。日本は世界に冠たる人口減少・少子高齢化国家である。また従来、生産性改善が他国に比べ大きく出遅れてきたことも併せて考えてみると主要国の中でも最も生産性の伸び率が高くなる可能性がある=相対的に業績の高い伸びが期待される。

2つめは地政学的な面からの日本の立ち位置である。日経平均が史上最高値を付けたのは1989年である。この年はベルリンの壁が崩壊し東西冷戦が幕を閉じ、その後の世界のグローバル化の起点になった年である。それとともに日本の政治的、経済的地位が衰退に向かい(東西冷戦の時代は共産圏への防波堤として日本の地政学的な地位は高かった)、戦後日本が積み上げてきたバブルの崩壊もあり失われた30年に突入した。しかし今再び、米中のデカップリングが激しさを増し、中・ロと西側諸国との分断の時代が訪れた。新し要素として成長するグローバルサウスも存在感を高め、第3極を形成しつつあり、世界に3つの勢力圏が出来つつある。

そうした中で日本の地政学的な地位は急速に高まりつつある。国の雌雄を決する最先端の技術において、特に半導体などであるが西側の国際連携の要になりつつある。また、日本独自の外交の歴史的な財産として、欧米先進国とグローバルサウスの仲立ちの役割を担う国として存在感を高めつつある。それは両極(西側とグローバルサウス)の結節点としてビジネス面での優位性をもたらす。そうした視点からウオーレン・バフェットが日本の商社株への投資、更には実商売においても連携を検討する戦略はさすがに慧眼だなと思っている。

3つ目は地政学的な視点と重なるところがあるが、半導体における日本・日本企業の存在感の高まりである。TSMCの熊本工場の建設、第二工場の計画(それ以前から2022年6月にオープンしたつくば市に設立された3DIC研究センタ―があった)、2ナノの量産を目指すラピダスへのIBM、imecによる技術支援、今年3月に報道されたサムスンの横浜の後工程開発・試作ライン拠点の検討、更にはマイクロンの広島などでのEUVを使用する次世代メモリーなどへの最大5000億円の投資計画。また、米国アプライドマテリアルは日本において今後数年間でエンジニアを800人新たに採用し、現在の1400人から2200人へ増強することを明らかにしている(2023年5月)。5月18日の岸田首相との面談では同社半導体部門トップのプラブ・ラジャ氏が日本の大学で半導体人材の育成プログラムを行う計画も公表している。
インテルも富山県などに工場を持つイスラエルの半導体受託生産会社タワーセミコンダクターのM&A手続きを進めており、完了後に日本での半導体生産を考えている模様。

米中のデカップリングの核心は今後の国家の命運を握るともいわれる半導体(特に最先端)であるのはよく知られたところである。台湾、韓国もチップ生産では最先端ではあるが、台湾は中国に統合される可能性はゼロではない。韓国も現在の尹政権においては日米韓の関係性は友好的だが、左派政権になれば再び中国重視に転換することは十分考えられる。そうした地政学的な観点からも半導体の国際連合の核は製造装置、素材で高い技術力のある、そして国家としても半導体の重要性に覚醒したに日本が最適解なのである。

今まで日本における産業の柱はトヨタを頂点とした自動車であった。しかし、日本の自動車はEVに出遅れ、いまだガソリンエンジン全盛なのである。これでは世界の投資家は評価しない。日本株を買う気になれない。トヨタとテスラの時価総額の差がそれを証明している。

しかし、1980年代に世界を席巻した半導体産業の復活の兆しが見え始めた。以前にも触れたが日本の製造業(上場企業)の多く、あまり知られていないような企業でも半導体の部品、素材、装置を製造している。更に半導体分野への新規参入が相次いでいる。まさに日本の株式市場(上場銘柄)は半導体産業の宝庫なのである。今後も高い成長が期待できる半導体国家日本に外人の目が向くのは必然である。

最後に付け加えるならば、言わずもがなだが企業業績はあくまでも名目値だということだ。仮に同じ利益率であっても物価の上昇で売り上げが増えれば利益額も増える。そしてEPSも増える。失われた30年間、日本企業、そして株式市場に吹いていたのは名目の売り上げ増加を抑えるデフレの逆風であった。それが今インフレの順風に代わろうとしている。欧米の株式市場と比較した日本の停滞はデフレによる上場企業の(名目)売上高の抑制も要因であったと思っている。

日本の名目GDPを伸び率(前期比年率)を見ると2022年10-12月期4.3%、2023値1-3月期7.1%と物価上昇に伴って、目に見えて伸び始めた。日本の企業業績にはデフレの時代に比べ、遥かに利益が増加しやすい環境がやってきているのだ。

5月30日発行分より転載)

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