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打ち出の小槌 -Cranberry Jam-

2015年01月23日

お正月に谷中七福神巡りをしました。江戸では最も古い七福神だそうです。大黒天が祀られる護国院では、徳川家光公によって奉納された大黒天画像を間近で鑑賞し、その長い歴史を肌で感じることができました。

さて、大黒天が手に持っているのは「打ち出の小槌」です。打ち出の小槌を振って大金を得るというのは空想のお話ですが、現実の世界でも現代版打ち出の小槌とでも言うべき錬金術が存在しています。「HFT」です。

HFTとは、High Frequency Tradingの頭文字で、超高速取引と訳されます。アメリカのHFT業者のひとつVirtu Financial社は、創業から5年半(1238日)の間に、証券取引で損失を出したのはわずか1日だけで、しかもその1日はヒューマンエラー(発注ミス)が原因でした。実に勝率99.9%です。

なぜそのようなほぼ100%に近い勝率が可能なのでしょうか。その手法は、金融商品取引法で禁じられているフロントランニングによく似ています。フロントランニングとは、ある顧客から注文を受けた証券会社が顧客の売買が成立する前に、その注文情報をもとに顧客よりも有利な条件で自己売買して儲けることです。HFT業者の場合は、ある証券会社が出した注文をその売買が成立する前に、その注文情報をもとに証券会社よりも有利な条件で売買して儲けるのです。

では、どのような方法で証券会社の注文を察知し、しかもその注文よりも先回りして自己の注文を入れるのでしょうか。そこには想像を絶する時間との戦いが待ち構えており、文字通りの「Time is money」です。証券会社が大口注文をこなすために複数の取引所に注文を分散させると、その注文は光ファイバーを通じてそれぞれの取引に「ほぼ同時」に到達します。この「ほぼ同時」というのがミソで、証券会社から取引所までの物理的距離によって、微細ながら差が出てしまうのです。

光ファイバーでの信号の伝達速度は、光の速さの70%程度、つまり秒速20万kmです。例えば、マンハッタンからNY取引所とシカゴ取引所に同時に注文を出した時、直線距離で1000km離れたシカゴには、注文データが少なくとも5ミリ秒(1000分の5秒)遅れて到達します。実際には通信会社の光ファイバーケーブルは鉄道線路に沿って敷設されており、他の都市を経由して大きく蛇行するために、さらに1ミリ秒ほど余分にかかります。もし、ニューヨークからシカゴへ限りなく直線に近い光ファイバーケーブルを敷設できたなら、そのケーブルの敷設者も利用権者も、大金を手にすることができるかもしれません。そう、まさに打ち出の小槌を振り下ろすように。

そして実際に、Spread Networks社は両都市間の直線上の通行権を買い上げてそこに光ファイバーケーブルを敷設し、前述のVirtu Financial社は、そのケーブルを利用しているのです。現在HFT業者は、他社よりも先んじて注文を入れるために、マイクロ秒(100万分の1秒)、ナノ秒(10億分の1秒)の争いをしています。

さて、兵庫県の芦屋市では、地元に根付いた打ち出の小槌の民話が伝承されており、「打出小槌町」という何とも縁起の良い地名も残っています。この町の郵便局は、「芦屋打出小槌郵便局」という名前で、消印には小槌の形をしたかわいらしい風景印もあります。民話の中では、大きく振り下ろされた小槌から黄金の小判が山のように出てきて、芦屋の村人は大喜びします。しかしそれらの小判は、寺の鐘が鳴り響くと、すっかり消えてなくなってしまいます。最後の一枚の小判が消えた時、果たして村人は何と言ったでしょうか。それが意外にも、ちょっぴり素敵なセリフです。
「いい夢を、見させてもらった・・」

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