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最後は笑って  -Cranberry Jam-

2010年09月17日

「あと1週間の命です。最後にどこか行きたいところはありますか?」

終末医療についてのドキュメンタリー番組を見ました。川島さんは肺ガンの末期患者です。国立病院で抗ガン剤による治療を続けていましたが、半年を過ぎたころ突然退院を言い渡されます。家族は、現在の城西病院を探し当てるまでに、何件もの病院を回らなければなりませんでした。

入院を受け入れた城西病院の矢沢医師は言います。
「極めて厳しい言い方をすると、もうすでに病院の持ち出しです。つまり川島さんがうちの病棟にいることで得られる収入と、私たちがしている治療行為とを天秤にかけた場合、川島さんはうちの病院にとって儲けの対象ではないのです。」
現在の医療制度ではガンの末期患者はどこの病院も受け入れたがらず、医療難民になってしまうそうです。

城西病院では、終末期の患者を最後までみる、そして本人のため家族のためにしっかりと告知をする、という信念のもとに治療を行っています。
「告知した方がずっと皆の為になると思います。その代わり本人の不安が倍増することもあるし、あれもしたいこれもしたいという希望も出てくる。不安を取り除くことや希望に応えることを家族に全部まかせてしまったら、それは家族の負担も大きい。だから告知するからには、病院が全力でサポートします」

川島さんの病状は快方には向かいませんでした。
矢沢医師は、大きな眼差しでしっかりと川島さんを見つめながら、ゆっくりとした口調で、しかしはっきりと告知します。
「検査の結果、ガンは悪くなっています。これから良くなることはもうありません。もし今の状態がこのまま続けば、あと1週間の命です。出来るだけ苦しまないようにします。出来るだけ希望もかなえます。最後に、どこか行きたいところはありますか?」

「床屋に、行きたい。」希望は意外なものでした。

夜勤明けの看護師がボランティアで同行し、奥さんと共に昔から行きつけの床屋を訪れました。なじみの床屋の主人と談笑しながら、髪を切って髭を剃り、久しぶりにさっぱりして鏡を見た川島さんは、笑顔でこう言います。
「二度惚れするかな?」
看護師が血中酸素濃度を測ると、看護師も驚きの良い数値。
「最高の気分だ」
満足そうな笑みを浮かべる川島さん。それは一片の曇りもない、澄み切った笑顔でした。

それから1週間後に、その時はやってきました。
最期を知らせる矢沢医師。川島さんの手を握りしめながら、優しく告げます。
「川島さん、いよいよお迎えが来そうですよ。奥さんに言いたいことあったら、今のうちですよ。」

「今までありがとう。本当に、ありがとう。」
「父さん、向こうに行ったらすぐに私を迎えに来てね」
「バカ。お前はこっちでゆっくりしろ。おれはあっちでゆっくりしてるから。」
たくさんの笑顔を残して、息を引き取りました。

当たり前のことですが人間には、…形あるもの全てかもしれませんが…終わりは必ず訪れます。そしてそれがいつどうやって訪れるかは分かりません。不意にグラスを落として割れてしまったときのように、何気ない暮らしの中で突然やってくることだってあるでしょう。だけどそう考えると、もっと毎日を大切に生きようと思います。そしてもしも私にその時が来たら、できれば笑顔で、欲を言えば川島さんのような澄み切った笑顔で、迎えたいものです。

Written by Cranberry Jam

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