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三角ベース -一番レフト「S.T」-

2008年09月12日

西北に富士を望み、伊豆半島を南北に流れる狩野川の河口に我が故郷は広がる。作家芹沢光治良や井上靖が育った土地でもあり海や山も近く今でも自然は豊富だ。狩野川は「あすなろ物語」や「しろばんば」など井上靖の初期作品の舞台にもなっていたように記憶している。筆者の生家はJRの駅から徒歩15分程度の狩野川沿いにある。駅までは子供の頃の遊び場である八幡神社の境内を抜けるのが近道で時間も3分程度短縮できる。

親類関係の用事を済ませ東京へ戻る夏の朝のことだ。いつものように神社境内を横切ろうとした時である。かつての遊び場である本殿隣の木々に囲まれた小さな広場から蝉時雨の中に子供達の声が飛ぶ。ゴロを捕った子供が仲間へ送球、打って走ってきた友達をアウトにした瞬間であった。3角ベース野球だ。小学生達だが背丈から明らかに学年が違うと思われる男の子が5人、一つのボールを追いかけている。傍に置かれたスコアブック、日焼けした笑顔から時々この場所に集まっているのだろう。思わずその場に立ち尽くし数十年前にタイムスリップしてしまった。

3角ベースには3塁がない。だから一塁手、二塁手、キャッチャー、ピッチャー、そしてバッターの5人が揃えばいい。バッターは代わる代わるやる。人数が多いと外野手にする。10人でチーム対決が可能だ。狭い場所でやっても感覚は本来の野球とそれ程変わらない。ゴムボールであれば危なくはない。投げたり走ったりの距離が短いから女の子も低学年生も参加できる。人数は融通が効くし、体力差もあまり関係ないから近所馴染みで気軽に楽しめることが最大の特徴だ。筆者も巨人の一番レフト「**」になりきってこの場所を思い切り走り回った。携帯電話もテレビゲームもない時代であったが楽しく遊んだ当時の記憶が鮮明に蘇ってきた。運動神経抜群でノンプロにスカウトされたと聞く一級下の「ユキオ」、遊びではリーダー格でホテルの調理場を任せられているという一級上の「テルちゃん」、お転婆だった二級下の「エミちゃん」と皆今はどうしているのだろう。

もう名前までは思い出せないが他の幼馴染の顔や特徴が次々と浮かぶ。自由に集まって始まって、夕暮れまで続く遊びの中でそれぞれの役割や持ち場が自然と決まり皆が楽しんでいたような気がする。平凡ではあるがこれまで頗る健康で大過なく過ごせてきたのは体力やそれなりに健全な精神がおそらくこの広場と三角ベースで育まれたからだろう。と考えると感謝の気持ちと共に、刺激が多く、価値観の多様化が尊重される一方で格差社会などという言葉がはびこり、閉塞感強
まる複雑な社会環境にある中、三角ベースで遊ぶ子供達に逞しく成長して欲しいと思い、思わず「後輩頑張れ」とエールを贈ってしまった。


Written by 一番レフト「S.T」
 

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